※記憶あり絵本作家乱太郎♀と記憶なし担当編集きり丸



_らんたろうは 先祖だいだい ゆいしょ正しい ヒラ忍者の いえに 生まれた 10さいの 男の子。
_きりまるは いくさで おやをなくし アルバイトを しながら じぶん ひとりで たくましく 生きている 10さいの 男の子。
_ふたりは いちりゅうの忍者になるためのがっこう、忍じゅつがくえんでであいました。……



_ピンポーン。
_チャイムが鳴り響く。猪名寺は作業テーブルから顔を上げ、「はーい」と応じて立ち上がった。
_玄関まで迎えに出ると、そこには編集の摂津がくたびれたスーツ姿で立っていて、猪名寺を見るとにかっと愛想よい笑みを浮かべた。
「猪名寺先生、お疲れ様です! 原稿を頂きに参りました」
「はい、出来ていますよ。どうぞ上がってください」
「お邪魔します」
_猪名寺がお茶を用意するために台所へ向かう一方、摂津は「お構い無く」と言いながら慣れた様子で作業部屋に隣接した居間兼応接室へと進んだ。猪名寺宅での定位置、来客用に設えられたソファーに腰を下ろす。
「摂津さん、甘いもの平気ですっけ。頂き物のお菓子があるんですけど」
「好きです。頂きます」
_お茶を運びながら声をかけると、お構い無くと言っていた割に摂津は即答した。猪名寺の口から押さえきれない笑いがクスクスと漏れる。
「すいません、行儀が悪くて」
「いいえ。どうぞ沢山召し上がってくださいな」
_猪名寺がお茶とお菓子を並べてやると、摂津は見苦しくない程度にむしゃむしゃと茶菓を食べ始める。見事な食べっぷりを眺めて微笑みつつ、猪名寺も自分のティーカップに口をつけた。
「摂津さん、お腹空いていたんですか?」
「お恥ずかしながら、給料日前で昼飯抜きだったんですよ」
_煽るように一気にお茶を飲み干した摂津のカップにお代わりを注ぎながら、猪名寺は「あらら」と目を丸くした。
「駄目ですよ、働き盛りの男の人がご飯を抜いちゃ。夕飯、食べて行きます?」
「いえいえ! 原稿を取りに伺っただけなので流石にそこまでは申し訳ないです」
_摂津は慌てて首を振る。「私は構いませんよ」と猪名寺は言うが、「お言葉に甘えたいところですが、このあと仕事が残っているので。本当にお言葉に甘えたいんですが」摂津の素直な物言いにそれ以上の無理強いは出来ず、むしろ思わず笑いが零れた。
「じゃあ、あまりお引き留めするのも悪いですね。これが今回の原稿です」
_猪名寺は作業机の上に置いてあった絵本の原稿を摂津に手渡した。摂津は丁重に頭を下げて「確認致します」と原稿に視線を落とす。
_猪名寺の代表作であり、摂津の勤める出版社からシリーズ絵本として出版されている「らんたろうときりまる」。今回の内容は「らんたろう」と「きりまる」が喧嘩をし、仲直りするというストーリーだ。戦場へ弁当売りのアルバイトに出かけようとする「きりまる」を「らんたろう」がひきとめ、そんな危険なアルバイトは辞めるようにと「きりまる」をたしなめるのだ。


_らんたろうは とても おこっていました。
「かっせんじょうは あぶないよ。 アルバイトに 行くのは よしなよ」
_らんたろうは きりまるが 大すきなので きりまるをしんぱいしているのです。 けれど きりまるは 「なれているから へっちゃらだい」 といって きいてくれません。「どうして いうことを きいてくれないの。 きりまるの ばか」……



「はい、確かに。お受け取り致しました」
_原稿の端を丁寧に揃え、摂津は「ありがとうございます」と頭を下げた。
_摂津は受け取った原稿を封筒に入れ、その封筒をファイルに入れ、そのまたファイルを鞄に大切に仕舞い込んだ。
「そういえば、いつも『きり丸へ』と謝辞をお書きになっていますけど、『きりまる』は実在の人物をモデルにしていらっしゃるんですか?」
_摂津に尋ねられ、猪名寺は「はい」とにこやかに肯定した。摂津は感心したように頷いている。
「だからですかね。猪名寺先生の作品はとても人間味があってあたたかくて。猪名寺先生の著作を拝読するたび、何だか懐かしさを感じるんです」
_摂津の言葉を聞いて猪名寺は顔を綻ばせた。
「嬉しいです。私にとっては最高の誉め言葉です」
_本棚に並ぶ自分の絵本に視線を遣り、猪名寺はその一冊一冊を眺めて優しく目を細めた。
「これは私の大切な思い出なんです。私の描く絵本は私の回顧録であり、『きり丸』への恋文みたいなものなんですよ」


_……「ごめん」きりまるは らんたろうに あやまりました。
「あぶない アルバイトは もうやらないでね。 そのぶん わたしが きりまるの アルバイトを てつだうから」 らんたろうは きりまるの てを ぎゅっと にぎって いいました。「だから もう ひとりで あぶないところへ いこうとしないで。 ずっといっしょに いてね」



20130428

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -