_犬の散歩のアルバイト中、きり丸は川縁の土手にしゃがみ込んでいる乱太郎を見かけた。きり丸は声をかけようとしたが散歩紐を引く犬があまりに強く早く先へ進もうと急くのでそれも叶わず、丸まっている乱太郎の背中をただ見送ってその場は通り過ぎた。
_その後犬を飼い主の手に返し、僅かばかりの賃金と受け取る。帰り際、犬の飼い主が少しだけど、と言って芋を持たせてくれたので、きり丸はありがたく頂戴した。嬉しい褒美だ、これでいくらか食費が浮く、ときり丸は上機嫌で帰路を辿った。
_きり丸が散歩で一度通った道を戻っていると、その道中でもまた同じ土手に乱太郎がいた。しゃがみ込み、地面を見つめて何やら手を動かしているその姿に、一体何をしているのかと訝しんできり丸は道をそれ、まだ柔らかい草を踏んだ。
「おーい、乱太郎」
「きりちゃん」
_もらった芋をくるんだ手拭いを揺らして近付くきり丸に気付き、乱太郎は顔を上げた。そばかすの散る鼻の頭に土が付いているのを発見して、きり丸は思わず笑いをこらえる。
「乱太郎、こんなところで何してんの」
_きり丸は乱太郎の隣で腰を落としてその手元を覗き込み、そして目を丸くする。乱太郎は咲いたばかりのたんぽぽを胸いっぱいに摘んでいた。溢れんばかりの鮮やかな色彩に、「すごいな」と感嘆の声が漏れる。
「どうしたんだよ、こんなに」
「たんぽぽが咲いているのを見たら春だなあ、きれいだなあと思って。これからきり丸と土井先生の家を訪ねるつもりだったから、お土産」
_にこにこしている乱太郎とたくさんのたんぽぽを見比べて、そういえば乱太郎の髪はたんぽぽに少し似ている、ときり丸は思う。どちらもお日様のようにあたたかな色をしている。
_ありがとうな、と言って乱太郎の髪を撫で、ついでに鼻に付いていた土を指先で拭ってやる。乱太郎は「気付かなかった。ありがとう」と照れたように鼻を擦った。
「きり丸はアルバイトの帰り?」
「うん。見ろよ、これ。芋をもらったんだぜ」
_きり丸が手拭いを広げて誇らしげに芋を見せびらかすと、乱太郎は自分のことのように嬉しそうに「やったね!」と笑った。その笑顔は芋をタダでもらったことよりも一層きり丸の心をぽかぽかとあたたかくする。
「乱太郎、このあと家に来るつもりだったんだろう。飯食ってけよ」
「え、いいの。土井先生は? 家にいるの?」
「土井先生なら今頃布団を干しているはず。乱太郎が来たら土井先生も喜ぶよ」
_きっと家中の布団をかき集めて日向に並べているのだろう土井先生の姿を思い浮かべてきり丸は答える。
_ぽかぽか春の陽気に、布団を干したら気持ちがいいでしょうねときり丸が何気なく言うと、土井先生はそうだなそうだなとやけに元気に同調して、押入れをひっくり返し始めた。急に張り切る恩師の姿に思わず呆れ、布団干しを土井先生に一任してきり丸はひとりアルバイトのために家を抜け出してきたのだ。
_きり丸がそう言うと、それだけのことなのに乱太郎は大層嬉しそうに頬を緩めた。何、ときり丸が問いただしても、何でもないよと微笑むばかり。
「じゃあ、お邪魔しようかな。あ、そうだ。たんぽぽを摘みながら、ほら、フキノトウもたくさん見つけたよ」
_乱太郎はたんぽぽの中に埋もれた丸っこいフォルムのそれを取り出して、はい、ときり丸の手のひらに乗せる。きり丸は反射的に「さらに食費が浮く!」と目を輝かせた。
「でかした乱太郎!」
「えへへ」
_フキノトウの土を一つ一つ丁寧に払って、芋と一緒に大事に手拭いで包む。まだふわりと柔らかいフキノトウは土と草とお日様の匂いがした。
_手を叩いて土を落とし、「そろそろ帰ろうぜ」ときり丸が言うと、乱太郎は「うん」と頷いて、胸に抱いたたんぽぽを落としてしまわないよう慎重に立ち上がった。
「乱太郎、飯食ったら今晩は泊って行けよ」
「うん?」
「布団、土井先生が干してくれているから、きっとお日様の匂いがするぜ。一緒に寝よう」
「うん、そうだねえ」
_きり丸はフキノトウと芋が入った手拭いを、乱太郎は真っ黄色の花束を片手に持って、二人で空いた手を繋ぐ。
_きり丸がアルバイトをしている最中もずっと土手にいたのだろう乱太郎からは、フキノトウに似た匂いがした。
_春だ、ときり丸が呟いた。


20130322


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