_何度目かの約束で、タッパーに詰めた唐揚げと野菜炒めを手に103号室を訪れた伊助を、虎若は喜んで迎え入れた。
_初めて伊助が差し入れてくれた肉じゃがは、実家の母が作るものと味付けは異なるものの温かみのある家庭の味で、虎若は「これは、どこへ嫁に出しても恥ずかしくない味……! というか俺が嫁に欲しい!」と感激して、後日伊助を苦笑させた。すっかり味を占めて度々リクエストを出す虎若に、伊助は満更でもなさそうに応じていた。毎度、虎若のリクエスト以外にもバランスを考えた副菜をつけ、更に何日かに分けて食べられるよう少し多めにタッパーに詰めてくれるという気の利きようだ。
「今日はバイトないし、ゆっくりして行けよ」
「ん。お言葉に甘えてお邪魔します」
_礼儀正しくそう言うと、伊助は玄関で脱いだ靴をきちんと揃え、ついでに虎若が脱ぎ散らかしたスニーカーも整えた。虎若が思わず「おかんか」と突っ込むと、「お前がもっとしっかりしろ」とお叱りをいただいた。
「今日、“庄ちゃん“は?」
_夕飯のお裾分けをもらうたび伊助と他愛もない話をすることが多くなって、虎若も101号室の住人である庄左ヱ門についてすっかり詳しくなった。呼び方も伊助のものが移ってしまい、ほとんど面識がないというのに、いざ庄左ヱ門に会ったら旧知の友のように気安く話しかけてしまいそうだと虎若は思う。
「今日は帰りがちょっと遅いみたい。だから庄ちゃんが返ってくるまでここで時間つぶそうと思って」
「どうぞどうぞ、そんくらい幾らでも。飯は庄ちゃんと食べるんだろ? お茶淹れるよ」
_伊助にテーブルを指し示して座らせてから、虎若はお茶を淹れるために台所に立った。以前母親がアパートに来た際に持ってきてくれてそのまま台所に眠っていたほうじ茶を淹れる。
_湯呑みを二つ、それぞれの前に置いたとき虎若の腹がぐうと鳴った。伊助と虎若は顔を見合せ、どちらからともなく吹き出した。
「構わずに食べていいよ。出来立てだからまだあったかいし」
_伊助が言うと、虎若も「そう?」とへらりと笑った。ただ、伊助が持ってきたタッパーにそのまま箸を伸ばそうとすると、「横着するな」と厳しい一声が即座に飛んだ。
「皿出せ、皿」
「はーい」
_唐揚げと野菜炒めをそれぞれ皿に取り分け、大盛りの白米と味噌汁も用意する。虎若は伊助に向かって手を合わせ、「それじゃ、俺だけ失礼して」と頭を下げた。
「いっただきまーす!」
「はい、召し上がれ」
_一際大きな唐揚げを選りすぐって口一杯に頬張る。もぎゅもぎゅ。しっかり下味のついた唐揚げは流石伊助、文句なしに美味かった。
「んまっ」
_虎若は白米をかきこんだ。野菜炒めも口に詰め込み、味噌汁で流し込んでいると「ゆっくり食えよ、喉に詰まらせるぞ」とやんわりと伊助の声。
「まあ、そんなふうに食ってもらえると作り甲斐があるよ」
_ほうじ茶を啜りながら伊助が笑った。
_ふと虎若は茶碗から顔を上げ、向かいに座る伊助を見た。
_ぱちり、目が合う。
_伊助は、米粒を頬につけて一心不乱に食事を摂る虎若を見つめ、柔らかく破顔していた。

_きゅん。

「……うん?」
_幻聴が聴こえた気がして、虎若は箸を止め首を傾げた。そんな虎若の様子に、伊助も怪訝な顔をする。
「どうした? なんか不味かった?」
_そう言って、伊助は何気ない調子で手を伸ばす。つい、と虎若の頬についた米粒を指先ですくった。
_途端に急激な熱が込み上げてくるのを感じ、虎若は顔を真っ赤に染めた。不安げに見つめてくる伊助に、「や、美味い! 唐揚げも野菜炒めも美味いよ!」と慌てて手を振った。それから、赤くなった顔を隠すためにまた白米をかきこんだ。
「そう? ならいいけど」
_ほっとしたように息を吐き、伊助は空になった虎若の湯呑みにほうじ茶を注いだ。自分の分も注ごうとしてもうほうじ茶がなくなったことに気付き、お湯を足すために席を立つ。
「次バイトが休みなの、確か三日後だよな。リクエスト、何かある?」
「……じゃあ、ロールキャベツ」
「おお。いつも和食だからあんまり洋食って作ったことないな。でもいいよ、ロールキャベツな」
_にこにこと伊助は笑う。既に頭の中は作り慣れない料理のことで一杯なのだろう。
_その横顔を盗み見て、急須を手に戻ってきた伊助と目が合いそうになると虎若はまた慌てて唐揚げに視線を落とした。
「いっぱい食えよ」と言う伊助に、虎若は赤い頬のまま素直に頷く。
_頬張った唐揚げはやはり、美味かった。


20130222

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