これの続きのような


_入学からひと月が経ち、隣の席の摂津くんは瞬く間に人気者になった。それは主に、女の子たちの間で。
_摂津くんはとても整った顔立ちをしている。スラリとスタイルもよくて、おまけに運動も出来るのだからそりゃあもう女の子たちが彼を放っておくわけがなかった。
_けれど当の摂津くんは女の子の黄色い歓声にも、自分に注がれる熱い視線にもまるで頓着せずに、何事もなく当たり前に日々を過ごしていた。摂津くんに告白をした女の子は既に両手で数えるほど、と噂ばかりまことしやかに流れているけれど、彼の周りには女の子の影もない。
「猪名寺さん、日直? ノート運ぶの手伝うよ」
_集めた課題を抱え職員室へ向かおうとする私に、ちょうど通りかかった摂津くんが声をかけてくれる。摂津くんはあまり女の子と仲良くするタイプではないのだけど、隣の席ということもあって私には気軽に話しかけてくれるのだ。
_確かに一人で運ぶには大変な量だったので私は彼の申し出を有り難く受けることにして、抱えたノートの半分を彼に預けた。
「ありがとう、摂津くん。職員室までお願い」
「うん、了解」
_並んで廊下を歩くとどこからともなく彼のファンの視線を感じる。ほんの少し、居たたまれないなあと思うけれど、摂津くんは視線を感じているのかいないのか、まるで動じずに平然としている。
「猪名寺さん、もう部活決めた?」
「うーん、まだ。陸上部と美術部で迷っているの」
「猪名寺さん、足速いんだよね。体力テストのとき話題になってたもんな」
「そんなに大したことないよ。でも走るのは好きなんだ。摂津くんは部活決めたの?」
_私が尋ねると、摂津くんは「俺は帰宅部かな」と明るく笑った。
「バイト始めようと思って」
「アルバイトかあ。それもいいね」
_和やかにそんなことを話しながら歩いていると不意に摂津くんが足を滑らせ、廊下の真ん中で盛大に転んだ。
「摂津くん!」
_私が慌てて手を差し伸ばすと、腕の中にノートを抱え込んだ摂津くんは「何とか死守したよ」と笑いながら、私の手は取らず恥ずかしそうに立ち上がった。
「大丈夫? どこか打ってない?」
「ん、平気」
_見ると、摂津くんの足元には何故かバナナの皮が落ちていた。摂津くんはそれを摘まんで手近なゴミ箱に投げ込みながら、「誰だよ、学校でバナナ食った奴」と舌打ちをした。
_あまりのベタさに、私は思わず笑いを堪える。
「ちょっと、猪名寺さん」
「ごめん、だって可笑しくて」
_私が吹き出すと、つられるように摂津くんも笑みを浮かべた。
「でも猪名寺さんがいてくれて良かった。一人だったら恥ずかしくて耐えられなかったよ」
_そう、嘘みたいな話だけれど、摂津くんがバナナの皮に足を滑らせるのはこれが初めてではなかった。
_他にも、配られたプリントが摂津くんの分だけ白紙だったり、何の前触れもなく頭上から学校の備品が降ってきたり、食堂のランチが彼の直前で売り切れてしまったり。
_何と言うか、摂津くんは私が今まで出会った人の中でも飛び抜けて不運だった。
「あのね私、結構ツイてる方なんだ。くじ運とかも良いし。だから私の運をお裾分け。今転んじゃった分、きっと何か良いことあるよ」
_摂津くんに手のひらを向けて、彼に幸運が訪れますようにと念を送ってみる。摂津くんはくすぐったそうに笑って「ありがと」と私の念を受け取ってくれた。
「どういたしまして。摂津くんって案外、何て言うか、ねえ」
「濁さないでよ。いいんだ、俺、不運なんだから」
_言葉に反してそう言った摂津くんは嬉しそうで、何故だか誇らしげに胸を張っている。
「摂津くん、嬉しそう」
「えっ、そう?」
「うん。とても」
_摂津くんは自分の頬に手を遣った。口角が上がっているのを自分でも認識したのだろう。
「俺の好きな子がさ、不運だったんだよね」
_唐突に彼の口から出た言葉に私は驚く。何気ない一言だったけれど、とても衝撃的なニュースだ。
「摂津くん、好きな子いるんだ?」
「……うん」
「そっか。だからいろんな人から告白されてもお断りしていたのね」
_私があまりに驚くものだから、摂津くんは苦笑して頷いた。
「どんな子?」と私が尋ねると、「不運だけど根性があって、人のことばっかり心配してる、すごく優しい奴」と一言一言に温かいものを込めて摂津くんは言う。
「いっつも貧乏くじ引いちゃうような奴でさ。本人はあんまり気にしてなかったけど、代われるもんなら代わってやりたいって俺はずっと思ってたんだ」
_好きな子のことを語る摂津くんは今まで見たことのないくらい優しい顔をしていて、彼がその相手をどれほど大切に思っているかがひしひしと伝わってきた。
「だから今俺が不運なのは、そいつの不運を肩代わりしているからなんだ。あいつが今運にも恵まれて元気に過ごせているなら、不運でも俺はちっとも不幸じゃないんだよ」
「摂津くんってロマンチストなのね」
_摂津くんからそんなふうに大切に思われている相手が何だか羨ましくて、思わずそんな言葉が口をついで出る。言った後に失礼だったかなと私は不安に思って摂津くんの顔をこっそりと伺った。
「うん。そうだな。俺はロマンチストなのかも」
_幸い、摂津くんはちっとも気にした様子がなく、それどころか目尻を下げてにこにこしていた。
「あのね、猪名寺さん」
_摂津くんは笑う。眩しいものを見るように、そっと目を細めて。ともすれば、泣き顔にも見えるような優しい顔で。

「だってね、俺は毎日、夢でも見ているみたいに幸せなんだよ」


20130209

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -