_ピンポン、とチャイムが鳴った。バイトのない夕方、部屋でくつろいでいた虎若は、こんな時間に一体誰だと訝しんで部屋の扉を開け、そこに立っていた伊助を見るとようやく数日前の約束を思い出した。
「おお、伊助!」
「その顔。お前、差し入れの約束を忘れていたな」
_顔を見るなり的確に指摘されてしまったが、実際その通りで何も言えず虎若は笑いながら扉を全開にした。
「いやーありがとうな。とりあえず上がってよ」
「お邪魔しまーす」
_伊助が抱えるタッパーからはほのかに良い香りが漂っている。約束についてはすっかり忘れていたが、これは期待できそうだと虎若の表情は緩む。しかし、「どうぞー」と言って振り返った先の伊助が般若のような顔をしていたのを見て、虎若はびくりと跳ね上がる。
「い、伊助? どうかした?」
「どうしたもこうしたも、何だこの部屋!」
_伊助の視線につられて先ほどまで自分がごろごろしていた室内に目を遣る。数日前の洗濯物や脱ぎ捨てたままの服、読みかけの雑誌に食べかけのスナック菓子、学校の教科書類が散乱した、お世辞にも片付いているとは言えない部屋。
「あー、俺昔っから掃除とか片付けとか苦手でさ。母ちゃんにもよく怒られるんだよなー」
_頭をかいて笑いながら「でも大学生の部屋なんてこんなもんだろ? テーブルは片付いているから、とりあえず飯を食おうぜ」と続けようとした虎若の言葉は、伊助に顔面を鷲掴みにされることで遮られた。
「はっ、ちょ、伊助さんっ?」
_平手打ちのような勢いで躊躇なく虎若の顔を掴んだ伊助は深く息を吸うと、虎若の耳元で大きく声を張り上げた。
「――掃除するぞ!」

_それから一時間後、伊助の活躍と容赦ない指示に問答無用で動かされた虎若の働きにより、虎若の部屋は驚異的に片付いていた。放置されていた洗濯物はきちんと畳まれて箪笥に、脱ぎっぱなしだった衣服は洗濯機を回し、そこかしこに散らばっていたものはいるものといらないもの、更に可燃ごみと不燃ごみとに分別して結果ゴミ袋(大)が三つまとめられた。
_部屋を見渡した虎若は床が見える、と感動した。
「こんなに部屋が片付いているのは引っ越し当初以来だぜ」
「時間があればもっと徹底的に掃除してやるのに……」
_ゴミ袋の口を縛り、伊助はまだ掃除したりないというように、収まってはいるものの混沌としている本棚だとか、開かずの間として封印した押入れだとかに視線を遣って目を光らせた。
「もう十分だろ伊助っ」
_思わず虎若が口走った途端に射殺さんばかりの視線が飛んでくる。「体動かしたし、腹減ったなあ」と慌てて虎若が誤魔化せば、その言葉でようやく時間の経過に気付いたらしく、伊助は時計を見た。
「うわっもうこんな時間! 庄ちゃんが帰ってくる!」
_俄かに慌てながらも、虎若の部屋から発掘して身に着けていたエプロンと箒をきちんと片付け、冷蔵庫の中に安置していたタッパーの中身を皿に分けてレンジでチン、これらの動作を流れるように行って、虎若が気付いたときにはもう伊助は玄関で靴を履いていた。
「じゃ、僕はこれで。食べた後は皿洗いもちゃんとしろよ!」
_そう言い残して、嵐のような勢いで伊助は去った。慌ただしい伊助の勢いに取り残された虎若は何度か瞬きをした。
「庄ちゃん? って、101号室の人か?」
_答えてくれる人がいないのでおそらくそうだろうと勝手にあたりをつける。
_電子レンジがチンと鳴った。それと同時に虎若の腹の虫もぐうと鳴り、虎若は自分が本当に空腹だったことに気付いた。
_湯気の立つ肉じゃがと、副菜としてもう一品作ってくれたらしいひじきの煮物をテーブルに並べる。
_茶碗山盛りの白いご飯とインスタントの味噌汁も用意してようやく一息吐き、虎若は「いただきます!」と二つ隣の部屋にいる伊助に向かって頭を下げた。
_そして一口。
「……うまっ」


20121229

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