「兵ちゃーん、こっちこっち」
_食堂ですでに席を取っていた三治郎に声をかけられたとき、兵太夫はそれまで張りつめていた息をようやく吐き出した。兵太夫は格好つけなので伝七に絡まれていたときも立花と議論をしていたときも何でもない風を装っていたが、やはり久しぶりの学校にいささか緊張していた。念願のおろしハンバーグが乗った盆を手に兵太夫がテーブルに近づいていくと、三治郎はにこにこして兵太夫を迎えた。
「遅かったね」
「立花先生と話し込んじゃって。ごめんね三ちゃん、待った?」
「ううん、大丈夫」
_兵太夫が席につくと入れ替わりで三治郎が立ち上がり、間もなく二人分のお茶を手に戻ってきた。三治郎が座るのを待って、二人で「いただきます」と手を合わせる。
「うむ。この味」
_ハンバーグを頬張り、兵太夫は柔らかく相好を崩した。
「良かったね、兵ちゃん。学食に来るとちゃんとご飯食べられるでしょ」
_自分は期間限定メニューであるチキン南蛮をつつきながら三治郎が言う。にこやかに、しかし暗に「もっと学校に来い」「食生活を改善しろ」と言われているようで兵太夫は首をすくめた。
「最近はちゃんと食べているんだよ。時々、一階の人がおかずをお裾分けしてくれるから」
「ええっ」
_兵太夫の言葉を聞いて、三治郎は大袈裟なまでに驚いて見せた。円らな瞳が真ん丸に見開かれる。
「人見知りで、引きこもりで、偏食家の兵ちゃんが? 一階の人とお話したの?」
「うん」
_三治郎のリアクションにはまるで頓着せず、ソースに溶けた大根おろしを一生懸命箸ですくってハンバーグにかけながら兵太夫は頷いた。自分の言われようはひどいが事実なので反論せずに。
「多分同い年くらいだけど、何か凄く面倒見のいい人みたいでさ。僕の食生活が不規則だって知ったら夕飯のおかずを分けてくれたんだ。美味しかったよ」
「へええ。まあ、ご近所さんと付き合うのはいいことだよね」
_ざっくりとまとめられた言葉に兵太夫も「うん」と頷く。不定期に差し入れてもらうおかず以外、食生活は相変わらず杜撰だということは黙っておいた。どうせ三治郎にはお見通しだろう。
「そういえばさ」
_おろしハンバーグの付け合わせのブロッコリーを三治郎の皿に移した兵太夫に、代わりにプチトマトを与えながら三治郎が口を開く。
「今日はゼミに出たんでしょ。伝七とは会った? 何か話した?」_顔を上げた兵太夫は記憶を辿るように視線をさ迷わせ、やがて思い当たったように「ああ」と頷いた。
「あー、黒門。研究室にいたような気はするけど」
「いたような気がするって、もしかして無視したの? うわひっどい。駄目だよ、兵ちゃん」
「だってあいついちいち絡んできてうるさいんだもん」
「まあねえ」
_伝七は兵太夫が絡むと途端に駄目になる、と三治郎は思う。共通の友人を介して何度か会ったことのある伝七は、多少嫌味なところがあるものの一対一、あるいは友人を交えた数人で会話する分にはまったく問題ないのだが。
「伝七も、黙っていればきれいな顔しているのに勿体ないよね」
「え、あいつ美形なの?」
_兵太夫が瞬く。予想は出来たものの、その反応に三治郎は呆れ顔を見せた。
「同じゼミでしょ。ていうかさっき会ったばかりでしょ。何で知らなかったみたいな顔してんの」
「だってゲームしてたから。へえ、そうなんだ」
「急に興味持っちゃって。兵ちゃんの面食いー」
「一番かわいいのは三ちゃんだよ」
「はいはいありがとう」
_お礼にもう一個プレゼント、と二個目のプチトマトを兵太夫に差し出せば、案の定兵太夫は苦々しげに表情を歪めた。


20121216

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