_扉を開け、いつも通り「こんにちは」と誰に向けて言うわけでもなく挨拶をしようとした伝七は、そこにいる人物に目を留めて思わず口を噤んだ。
_入口に立ち尽くす伝七に視線すら寄越さず手元のゲームに集中しているのは、同じ研究室に所属しているはずの同級生、兵太夫である。
_はず、何故そんな不確かな表現を使ったかというと、勤勉に通う伝七とは違って兵太夫はほとんどゼミに出席しないからだ。顔を合わせたのも両手で数えるほど、ひょっとすると片手でも足りてしまうかもしれない。
_大学生にもなって不登校だなんて、と思うけれど、講義にすら滅多に顔を出さない兵太夫がその実とても優秀で、教授の立花先生も彼に目をかけているということを伝七は知っている。知っているからこそ大っぴらに兵太夫を馬鹿にすることも出来ず、伝七は時々歯噛みしたりする。
_つまり、早い話が。
_伝七は兵太夫に対してコンプレックスを持っているのだ。

_自分が兵太夫を凝視して固まっていたことにようやく気付いた伝七はハッと我を取り戻し、入り口で固まっていた足を動かした。
「笹山じゃないか、研究室にいるなんて珍しい。一ヶ月ぶりか?」
_演技がかった口調でそう言って、伝七は兵太夫の側に立つ。
_正確に言うと兵太夫が前回研究室に現れたのは二十五日前だ。伝七は自分がそんなくだらない数字を正確に記憶していて、その数字を即座に思い出してしまったことに舌打ちしたくなった。否、実際に目の前で舌打ちしてやった。
_しかしそれでも兵太夫は顔を上げなかった。イヤホンで耳を塞いでいるわけでもないのに、横に立つ伝七の存在をごくごく自然に無視している。
「お前なあ、人の話聞いてんのか」
_伝七が声を張り上げようとした、そのとき、伝七の背後で扉が開いた。研究室の主である立花が二人の姿を見て、正しくは珍しく研究室にいる兵太夫を見て、目を丸くした。
「おお兵太夫、ようやく現れたか。ん、何だ、二人で何かしていたのか?」
_立花に問いかけられ、伝七は思わず口籠った。兵太夫と二人で何かをしていたわけではない、特別何もしていないが、しかし。
_兵太夫は立花の疑問もそれに戸惑う伝七の様子にも気を留めず、ようやくゲームから顔を上げて立ち上がると、伝七には目もくれず真っ直ぐ立花の側まで歩いた。
「遅いですよ、立花先生。人が珍しく顔を出したっていうのに」
「お前、それを自分で言うのか。もう少し真面目に来なさい」
立花に呆れられても兵太夫は平然としている。立花の忠言には答えず、「それより」と強引に話を転換させた。
「立花先生が僕を探しているって話を聞いて来たんですけど」
「ああ、そうだったな。今度の実験についてなんだが」
_そう言うと、二人は研究分野の話にあっという間にのめりこんでしまった。あーでもないこうでもないと議論は白熱する。伝七を取り残して。
_そうして置いてけぼりを食らってしまった伝七は一人、兵太夫を見つめて歯噛みした。


20121208

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -