_きり丸がアルバイトに出かけて一人きりの部屋で、乱太郎は今日の夕食は何にしようかと冷蔵庫の中を検めていた。今日の夕食作りはアルバイトが入っていない乱太郎の当番だ。きり丸がアルバイトを始めてからは、夕食の当番は大体交互に、アルバイトのない方が優先して夕食を作るという決まりになっていた。
「もうすぐきり丸が帰ってくるはずだし、それからスーパーまで一緒に買い物に行こうかな」
_冷蔵庫の食材は残り僅かで心許ない。お互い、そろそろアルバイト代が入る頃であるから金銭的には少し余裕があるはずだ。そうしよう、と乱太郎は自分の言葉に頷いた。
「ただいまー」
「あ、きり丸。おかえり」
_これから買い物に行かない、と言いかけて乱太郎は口を噤んだ。きり丸がスーパーの袋を片手に帰ってきたからだ。
「あれっ何か買ってきたの?」
_きり丸は普段、乱太郎以上のドケチ根性でこれでもかと切り詰めて生活している。そのきり丸がアルバイト帰りに買い物してくること自体、稀であった。
「うん。今日バイト代が入ったからさ、肉買ってきた」
「ええ!」
_はい、と手渡された袋を覗き込んで、乱太郎はもう一度驚きの声を上げた。
_そこに入っていたのは、値引きのシールこそ貼ってあるが普段乱太郎ときり丸が食べているものより余程上等な、それも牛肉である。
_乱太郎は目を輝かせてきり丸を見た。
「お肉!」
「そう。すき焼きやろうぜ。材料も買ってきたから」
_そう言ってこちらも嬉しそうに、きり丸は袋の中から葱や卵をいそいそと取り出している。きり丸も彼なりにはしゃいでいるようだ。
_すき焼き用の鍋なんてあったかなあ、なかった気がするなあと思いながら乱太郎はキッチンスペースの棚を漁った。
「でもきり丸。いくら給料日だからってすき焼きだなんて、随分奮発したね」
_乱太郎が声をかけると、きり丸は照れくさそうに笑って頭を掻いた。
「バイトを始めてから初給料日だし。お祝いっていうか、まあ、感謝の気持ちも込めて」
「そんな、いいのに。でも、ありがとうね」

_小さな座卓を二人で囲み、ぐつぐつと煮え始めた鍋を見つめる。
「……もういいかな?」
「まだ赤くない?」
_溶いた卵が入った椀を片手に、箸を構えて今か今かと肉が煮える絶妙のタイミングを探る。堪えきれなくなったきり丸は、「やっぱりもう食おうぜ」と乱太郎に声をかけた。
「赤くても食えるさ、何たって牛肉だし!」
_きり丸と乱太郎は顔を見合わせて頷き合うと、二人同時に箸を伸ばした。
「せーのっ」
「いただきます!」
_柔らかい牛肉を、口一杯に頬張る。砂糖と醤油でシンプルに味付けた牛肉の旨味がふわりと広がった。
「美味い!」
「本当だねえ」
_二人は感嘆の声をあげる。
_結局台所をひっくり返したところで乱太郎の部屋にすき焼き用の鍋などあるはずもなく、フライパンで代用してみるか、と話していたのだが。駄目元できり丸が101号室を訪ねてみたところ、鍋を所持していた隣人に運よく借りることができたのだ。
「お隣さんがすき焼き用の鍋を貸してくれてよかったね」
「だな。俺、あのお隣さんとアパートの前で何回か話したことあるんだ」
「へえ。私、あんまりご近所付き合いしてなかったから、数えるくらいしか話したことないなあ」
_ちなみに、今回応対に出て鍋を貸してくれたのは隣人の庄左ヱ門、ではなく今日も今日とて夕食を作りにきていた伊助であることは余談である。
_味の染みた葱を一口ぱくり、乱太郎はほうと息を吐いた。
「葱もいいけど乱太郎、どんどん肉食えよ」
「うん」
_あまりに乱太郎がにこにこしているのできり丸が改めて「美味い?」と訊くと、乱太郎は「うん」と素直に頷いた。
「今日のすき焼きはきり丸と一緒に食べているから特別美味しい」
_乱太郎の笑顔に絆されるように、きり丸もつられて笑みを浮かべた。「うん、そうだな」

「幸せって、こういうことを言うんだなあ」


20121114

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