_きり丸が乱太郎の住むアパートに居候を始めてから二週間が経ったある日。それまで日がな一日、日向ぼっこや散歩をして猫のように気ままに過ごしていたきり丸は、夕食の席で「アルバイトを始めようと思う」と乱太郎に言った。
「アルバイト? きり丸が?」
「うん。駄目かな」
「勿論駄目じゃないけど」
_突然の話に乱太郎は目を丸くする。しかしきり丸に「家賃と食費を入れるから」と言われれば、勿論乱太郎に文句などない。結局乱太郎は「ふうん」と間の抜けた相槌を打って味噌汁を啜った。
「ま、いいけどさ。どうしたの、突然」
「このままダラダラし続けて乱太郎の世話になるわけにもいかないだろう。ただでさえ乱太郎、貧乏学生なんだし」
「まあねえ」
_きり丸の言葉に二人そろってあっけらかんと笑う。
_薬局のアルバイトと乱太郎の実家から毎月送られてくる雀の涙のような仕送りだけで若い男が二人暮らしていくのは確かに難しい。よくよく考えなくともきり丸がアルバイトを始めるというのは乱太郎にとっては当然の、有難い申し出である。
「それでさ、履歴書にこのアパートの連絡先書いても、いい?」
_おずおずと控えめに、きり丸は尋ねた。どうやらそれが本題であったらしい。
_乱太郎は是非なくあっさりと頷いてそれを了承した。
「うん、いいよ」
_乱太郎の返答を聞いてきり丸はホッと息を吐いた。まるで乱太郎がきり丸の言葉を拒否するとでも思っていたかのように。そうでなければ、アルバイトを始めるのならこのアパートを出て行けと乱太郎が言うとでも思っていたのか。
「連絡先くらい好きに書いていいのに」
「うーん、まあ一応さ。乱太郎の許可を取っておこうと思って」
_きり丸は歯切れ悪く言い淀んだ。その様子を見た乱太郎は「ふうん?」と首を傾げたが、それ以上追及はしなかった。

_アルバイトを始める、と決意してからきり丸の行動は驚くほど素早かった。乱太郎に相談をした翌日の夕食では、既にアルバイト先を三つ決めてきたと報告をして乱太郎を驚かせた。
「早いなあ。それも、三つ? 本当に?」
「おう。明日から、掛け持ちでな」
_にっと笑ってみせるきり丸に乱太郎は驚きを通り越していっそ呆れてしまった。
「そんなに急がなくてもいいんだよ。いきなり三つじゃなくて、まずは一つから始めたら?」
_三つもアルバイトを掛け持ちしては過労で身体を壊すのでは、と乱太郎は心配してそう言ったのだが、それを振り払うように明るく笑ってきり丸は大丈夫だと手を振って見せた。
「いいの、いいの。どうせ俺は日中何もしていないんだし、それくらいがちょうどいいんだよ」
「そう?」となおも不安そうに尋ねる乱太郎に、きり丸は力強く「そうだよ」と頷く。
「アルバイトして、家賃と食費を乱太郎に納めて。これで俺も胸張って、このアパートの住人だって言えるようになるだろ」
_嬉しそうに笑うきり丸を見て、乱太郎は「こいつは何を言っているのだ」と、きょとんとした。しかしきり丸があまりに嬉しそうなので「そうだね」と優しく頷いてやる。
_乱太郎はとうに、ここはきり丸の家でもあると思っていたのだから。


20121019

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