_疲れて帰ってきて温かな食事とやわらかな笑顔が迎えてくれる幸福。

_焼きアジ、大豆と牛蒡の炒り鶏、ほうれん草の白和え、油揚げと豆腐の味噌汁。
_風呂を浴びて一日の疲れを流した庄左ヱ門は、テーブルに並ぶ品々を見回して思わず「おお」と感嘆の声をもらした。
_親しくしている学部の先輩が食事にうるさいだとかで、伊助は家政科でもないのに食物の栄養素に詳しい。一汁三菜、食卓に並ぶ料理は栄養バランスをきちんと考慮した上で作られている。
「いただきます」
「召し上がれ」
_庄左ヱ門はほうれん草の白和えに箸をつけた。
_味も文句のつけようのない出来だ。それも、レストランに並ぶようなプロの味ではなく、どことなく懐かしさを覚える家庭料理の味。
_庄左ヱ門は顔を上げ、伊助に向かって微笑んだ。
「美味しい。和食が得意な人っていいよね。伊助、いいお嫁さんになるよ」
「何それ。残さず食べてね」
_伊助は庄左ヱ門の言葉を冗談と取ったのか、それでも満更でもなさそうに笑って注いだ麦茶を庄左ヱ門に手渡した。
「ありがとう。伊助、今晩は泊まっていくんだろう?」
「うん。明日一コマからだからね」
_庄左ヱ門のアパートは伊助の実家よりも大学に近い。朝早くから授業がある日の晩は、庄左ヱ門のアパートに泊まって翌朝そのまま大学へ向かうことが多かった。
_伊助が夕食作りに通い始めた頃からの習慣なので、アパートには伊助用の歯ブラシやタオルが一通り常備されている。余談ではあるが、勿論伊助が使うコップや食器も庄左ヱ門の分と並んで食器棚の中に揃えてある。
_一端箸を置いて、庄左ヱ門はベッドを指差し首を傾げて見せた。
「じゃあ今晩、一緒に寝る?」
「ううん、ベッド狭いだろ。ソファー借りるからいいよ」
「そう」
_庄左ヱ門は食事に戻った。アパートに泊まるとき、伊助はソファーで眠る。これも繰り返された問答である。

_食後の皿洗いは庄左ヱ門も手伝う。ただし、庄左ヱ門は案外不器用なので、伊助が洗って水ですすいだ皿を布巾で拭くだけだ。
「庄左ヱ門、明日の朝ご飯のリクエスト、何かある?」
「そうだね、和食がいいな」
「和食かー。何にしよう」
「あ、だし巻き玉子食べたい」
「いいよ」
_伊助と並んで流しに立ち、皿を受け取り拭く、という作業をテンポよくこなしていく。
_その合間に、脈絡なく、庄左ヱ門は言う。
「ねえ伊助、僕んとこにお嫁に来てよ」
「ええっ何言ってんの」
_その言葉を当然のように冗談として受け止め、皿を洗う手を止めずに伊助は声を立てて笑った。
「そうだなー。庄左ヱ門が司法試験に一発で合格出来たら、いいよ」
_冗談めかしてそう言うと、しかしその言葉が自分にも返ってきたのか、がっくりと肩を落とした。
「何てね。僕も教員採用試験に向けて頑張んなきゃ」
_皿をすすぎ終え、最後の一枚を庄左ヱ門に渡すと伊助はエプロンを脱いだ。
「じゃあ僕、お風呂入るね。あとよろしく」
_皿を食器棚に仕舞う作業を庄左ヱ門に一任し、これまた常備してある着替えを手に伊助は浴室に向かった。
「ふむ」
_拭き終わった食器を危なげな手付きで棚に戻し終えると、庄左ヱ門は腕を組んだ。
「言質は取ったし、勉強頑張らないとな」
_庄左ヱ門が一発で司法試験に受かれば、伊助はお嫁に来てくれるそうだ。そうと決まれば早速勉強しようと、庄左ヱ門は勉強道具一式をテーブルに広げた。
_シャワーの音をBGMに、分厚いテキストを開く。
_そして決意。
「とりあえずダブルベッド買おう」


20120920

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