_201号室の扉を叩く者はごく少ない。そもそも住人である兵太夫自身が自室に引き篭っていて、大学へすら滅多に出掛けないのだから。
_そんな兵太夫と外界を繋ぐ架け橋になっているのが、兵太夫の唯一の友人である三治郎であった。

_今日も今日とて兵太夫の部屋を訪れた三治郎の手には近所のスーパーの袋。
_親しき仲にも礼儀あり、ということで三治郎は儀礼的に扉横の呼び鈴を鳴らし、数秒待って、その後は勝手知ったる他人の家に返事も待たずに上がり込んだ。
「兵ちゃーん、差し入れ持ってきたよー」
_相変わらず部屋から一歩も出ていないのだろう兵太夫は、定位置である部屋の南側に陣取って何やら工具を弄っていた。
「あ、三ちゃん。いらっしゃい」
_一応客人であるはずの三治郎に対しても兵太夫は顔を上げて挨拶しただけで、工具も手放さず腰を上げる様子すら見せない。
_三治郎も慣れたもので、もてなす気配のない家主を無視してテーブルの上を手早く片付けると、皿と飲み物を用意するため台所へ立った。
「兵ちゃん、作業お仕舞いね。 お昼ご飯は食べた?」
「カロリーメイト食べた」
「ちゃんと食べなきゃ駄目だよー」
_スーパーの袋から何種類かの惣菜を取り出し、手際よく皿に盛り付ける。まだ温かい料理の匂いが部屋に広がると、兵太夫は素直に工具を置いてテーブルに寄ってきた。
_それを見た三治郎はにこりと笑み、買ってきた惣菜を一つ一つ兵太夫に披露した。
「青椒肉絲とー春巻きとー」
「ピーマン嫌い」
「好き嫌いしないの。あと春雨サラダと、エビチリ!」
_今日は中華にしてみた、と三治郎が言う。近所のスーパーのお惣菜コーナーはスーパーながら味もなかなか、ほとんど自炊をしない兵太夫と三治郎は重宝していた。
_テーブルを挟んで、いただきます、と二人で手を合わせる。兵太夫はまず皿に取り分けられた青椒肉絲からピーマンを選り分ける作業に熱中した。
「そういえば兵ちゃん、そろそろ大学行きなよ。立花教授が探していたよ」
_マイペースに食事を続けつつ、三治郎は兵太夫が除けた分だけ自分の皿からピーマンを追加してやる。
「やだ。大学には三ちゃんいないもん」
「学部が違うだけで同じキャンパスにはいるよ」
_拗ねるように口を尖らせた兵太夫に、三治郎は苦笑した。
_二人は同じ大学に通い、兵太夫は工学部に、三治郎は農学部にそれぞれ所属している。引き篭っているから友人がいないのか友人がいないから引き篭っているのか定かではないが、兵太夫には同じ学部どころか同じ大学にすら三治郎以外の友人はいない。
「じゃあさ、一緒にお昼ご飯食べようよ。食堂で待ち合わせしてさ。兵ちゃん、おろしハンバーグ好きだったのにメニューからなくなって凹んでたでしょ。最近復活したんだよ」
「おろしハンバーグ……」
_好物に揺らいだ兵太夫の心を見透かし、三治郎はすかさずにっこりと笑みを浮かべた。
「決まり。じゃあ明日のお昼、学食で待ち合わせね」
_笑顔ながら有無を言わせぬ三治郎の言葉に、兵太夫は素直に「はい」と頷いた。


20120903

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