(庄左ヱ門)

_忍務に失敗した。
_潜入先の城で、情報の伝達ミスや連携の齟齬のために、味方が起こした火に巻かれてしまった。僕としたことが、完全なる手落ちだ。
_しかし暗転したはずの意識が、気付けば辺りは真っ暗闇。あのとき火に巻かれ周辺を敵方の忍に囲まれて僕は確かに死んだはずなのに。
_なるほどこれが地獄か、と僕は一人ごちる。思いの外、何もない。
_周囲は無人で、この場所へはどうやら僕が一番乗りらしい。
_そうだ、ならば僕はここで待とうではないか。そう長く待たずに、僕と同じく忍の道を選んだ仲間たちがやってくるはずだ。
_懐かしい顔を脳裏に思い描く。仕事で顔を合わせる級友もいれば、学園を卒業してそれっきりの級友もいる。
_忍になった仲間、学園に教師として残った仲間、あちこち旅をしている仲間、実家に帰り家業を継いだ仲間。
_そんな中、不意に沸き上がる一等懐かしい顔への情。
_彼は卒業して忍にはならずに実家を継いだ。お嫁さんを貰って染物屋を切り盛りし、健やかに年を取り、いずれ家族に囲まれて安らかに眠るはず。
_彼がここへ来ることはない。僕はそれを喜ぶべきなのだ。
_目蓋を下ろす。
_彼の姿を見ることはもう叶わないけれど、目蓋の裏には無数の色が焼き付いている。彼が染めた色。僕に見せてくれた色。今でもそれらを一つ一つ鮮やかに思い出せる。
_だから僕は決して不幸ではない。


(伏木蔵)

「あ」
_落ちた先に庄左ヱ門がいた。悠然とした足取りで僕は近寄る。
「庄左ヱ門も死んだんだねえ。久しぶりー」
_片手を挙げて呼び掛けると、目を閉じていたらしい庄左ヱ門はこちらを向いた。
「ああ、伏木蔵。久しぶり」
_死人だというのに、存外元気そうに笑う。まあそれは僕もか。
「ここは、地獄?」
「そのようだよ」
_ふうん、と答えて辺りを見回す。庄左ヱ門以外、誰もいない。
_いつから居るの、と問えば、伏木蔵が来る少し前からだよと庄左ヱ門は落ち着きを払って答えた。
「庄左ヱ門、意外と早かったんだね」
_僕がそう言うと、庄左ヱ門は苦笑した。
「そういう伏木蔵こそ」
「うん。しくじっちゃった〜。もう少し生きるつもりだったのに」
「もう少し?」
_庄左ヱ門が首を傾げる。僕はその首筋に火傷痕を発見した。庄左ヱ門は火で死んだのかな、と僕はぼんやり思う。今更、わざわざ死因を尋ねるのも馬鹿らしいから口には出さないけれど。
_自ら望んで堕ちた地獄。けれど僕は、失望を禁じ得ない。
_ああ、あの人がいない。ここは地獄だというのに。やはりまだ足りなかったのだ。
_あの人はきっと地獄の深い、深いところへ落ちたのだろう。
_背負った業の重みによって。
「僕も同じだけ罪を重ねるつもりだったのに」
_そうして地獄の底で再会を果たすつもりだったのに。
_あーあ。
_もう、永遠に会えない。


(一平)

_僕は確かに死んだはず、なのに目の前には何故かあやとりをしている庄左ヱ門と伏木蔵の姿。
「やあ、一平」
「やっともう一人。待ちくたびれたよ〜」
_そう言う二人の声も表情もいたって暢気だ。それに片手を挙げて答えながら近寄って行く。
「僕、死んだと思ったんだけど」
「うん、僕らもだよ」
_あっさりと庄左ヱ門が答える。相変わらずの冷静さ。庄左ヱ門も伏木蔵も、死んだところで大して変わっていないようだ。
「他のみんなは?」
「まだ」
「じゃあ、い組では僕が最初か。僕、い組の落ちこぼれだったからなあ」
「何言ってんの、は組の優等生庄左ヱ門が一番乗りなんだから、そんなの関係ないよ」
「えっそうなの」
_驚いて庄左ヱ門を見ると、庄左ヱ門は何故だか照れ臭そうに頭を掻いた。照れるところじゃないだろう。
_けれど庄左ヱ門は何かに気が付いたように真顔に戻ると「あれ」と言って僕を見た。
「でも、一平は戦忍にならず実家に帰ったんじゃ」
_僕は微笑みだけでそれに応える。汲み取ったらしい伏木蔵が「すごいスリル〜」と懐かしい口癖とともに密やかに笑った。
「ところで二人とも、何してたの?」
_向かい合って座り込み、すっかり腰を据えている様子の二人に尋ねる。庄左ヱ門は輪になった赤い紐を掲げて見せた。
「何って、あやとりを」
「しばらく誰も来なかったから退屈しちゃって〜」
「伏木蔵、その言い方はよくないよ。少しでも長く生きられるなら、それに越したことはない」
_かつての級長らしい口振りで庄左ヱ門がたしなめる。肩をすくめて見せながら、伏木蔵が唇を尖らせた。
「だってえ、ここには何にもないんだもの」
_その言葉につられて視線をぐるりと辺りに遣る。そして僕も確かに、と思う。
_ここには、何もない。
「ここは暗いだけで、とても静かだね」
_地獄と言えば、轟々と炎の燃え盛る阿鼻叫喚の世界を想像していたのだけれど。
「何だ。これなら現し世の方がよっぽど地獄のようだったよ」


20120816

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