_乱太郎は変な男だ、と世話になっている身でありながらきり丸は憚らずにそう思う。

_夕暮れの公園で乱太郎に拾われ、その流れのままきり丸が乱太郎の部屋に居候を始めてから一週間が経った。
_きり丸は日中の大半を乱太郎の部屋で過ごす。朝、乱太郎とともに目覚めると、乱太郎の作った朝食を二人で食べる。二人で食器を洗って、その後大学へ行く乱太郎を見送ったあとは、洗濯機を回して二人分の洗濯物を片付ける。それから部屋も掃除するが、そもそも物が少ない乱太郎の部屋は掃除も簡単に済んでしまう。
_一通り家事を終えると、きり丸は乱太郎の寝室で日向ぼっこをする。昼食は基本的に食べない。冷蔵庫の中のものを適当に食べていいよと乱太郎は言うけれど、日中大して活動らしい活動をしないのだからあまり空腹にもならない。目いっぱいお日様を浴びて、うとうとして、気が向けば公園まで散歩に出かける。時々、乱太郎と同じく大学生であるらしいアパートの住人と顔を合わせることもあり、その時は申し訳程度の挨拶を交わした。
_そんなふうに日がな一日ふらふらしているきり丸を猫みたいだと評して乱太郎は屈託なく笑った。
_悠々自適で自堕落な生活。性に合わないなあ、ときり丸は思わなくもないけれど。
_乱太郎はきり丸に何も言わなかった。何も訊かなかった。
_名前以外素性のまったく知れないきり丸に対して乱太郎が尋ねたことと言えば、結局「行くところはあるの」の一点のみであった。
_きり丸が拾われ、初めて乱太郎の部屋で眠った翌朝、朝食用に焼いた塩鮭を半分に割ってきり丸に渡しながら、乱太郎はきり丸に再び尋ねた。
「行くところはあるの?」
_きり丸はただ首を横に振った。すると乱太郎はあっさりと「そう」と頷いてそれ以上何も問わなかった。温かい煎茶を二人分淹れて、「さ、朝ごはんにしよう」と手を合わせる。あまりに暢気な乱太郎の反応にきり丸は面食らったが、乱太郎に促されて素直に「いただきます」と唱えた。
_挙げ句乱太郎は「いつまでもいていいよ」ときり丸に言った。「醤油取って」と言った延長で、まるでついでのように。
_自分一人食べていくのが精一杯の貧乏学生なくせに、無収入で身元不明の男を養うと言う。
_恐ろしいほどのお人好し。
_乱太郎の部屋を出て行く当てがないのは事実であり、居候を続けていいという乱太郎の言葉はこれ以上ない申し出である。しかし、きり丸は尋ねずにいられない。「どうして」、と。
_すると乱太郎は少し困ったように眉尻を下げて柔らかく苦笑した。
「私、捨て犬とか捨て猫とか、どうしても放っておけないんだよねえ。このアパート、ペット禁止だから今まで連れて帰れなかったんだけど」
_何の話だ、と訝しげな表情で話の続きを促したきり丸に、乱太郎はにっこりと笑った。
「でも、人間を拾ってくるのは禁止されてなかったから」
_そう言って乱太郎はきり丸の頭をよしよしと撫でた。まるで猫を撫でるように。きちんと風呂に入り手入れをしたきり丸の髪は滑るような手触りを取り戻していて、乱太郎はどうやらその毛並みが気に入ったらしく、ことあるごとにきり丸の髪を撫でた。
_子ども扱い、いやペット扱いか。不服ではあるけれど、居候させてもらっている身としてはあまり大きなことは言えない、ときり丸は押し黙った。
_温かい手のひらを甘受しながら、やはりきり丸は思う。

_乱太郎は変な男だ、と。


20120812

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -