_薬局でのアルバイトを終え、アパートに戻る途中の公園前、乱太郎は視界に一人の男の姿を捉えて足を止めた。
_長袖Tシャツにジーンズ姿、荷物一つ持たずにベンチに腰掛けボーっとしている姿は、一見すると近所に住んでいる男がふらりと公園にやってきて一服でもしているようである。しかし乱太郎は朝、大学に出かける際にも同じ場所で同じようにぼんやりしていた男の姿を目撃している。
_実際に男は近所に住んでいて朝夕と二度に分けて公園にやってきただけかもしれない。しかし乱太郎は、男が一日中公園のベンチに座っていたのだろうと直感的に思った。ベンチに座る男の姿は朝見かけたときとまるで変わらず、もしかすると朝から今まで身じろぎすらしていないのではないかと思わせるほどであるし、率直に言ってしまえば男の様子は浮浪者そのものであった。途方に暮れているというわけではなさそうだが、行く当てがないので仕方なく公園に居座っているというように見えた。
_もう辺りは暗い。この辺りはそれほど治安が良いわけではないし、春先で夜はまだ冷える。見たところ所持品はないようだからカツアゲに遭うことはないかもしれないが、酔っ払いに絡まれる可能性だってある。それに、このまま一晩中外にいれば薄着の男は風邪を引いてしまうだろう。
_自分と同じ年頃の若い男が一人、それこそ一日中公園にいようがどうとでもなるだろうし、実際本人がどうにか行動を起こして状況を打破すべきことである。しかし乱太郎は生来のお人好しで心配性な性格であった。どうにも男から目を離せず、アルバイト後の体は疲労していたがアパートへと向かう足は一向に動かせない。
_いい加減思い悩むにも飽き、乱太郎は意を決して公園の中に足を進めた。真っ直ぐにベンチを目指し、男の正面で歩みを止めた。
「あのっ」
_声をかけると、男は顔を上げて乱太郎を見た。乱太郎も男を見つめながら、その顔立ちが思いのほか整っていることに気付く。
「君、朝からここにいますよね」
「……」
_乱太郎の問いかけに男は答えない。怪訝な顔をするでもなく、ただ不思議そうに乱太郎を見上げている。
「もしかして、行くところがないんですか?」
「……」
_肯定も否定もない。しかし沈黙を肯定と受け取って、乱太郎は今一度決意を固めた。そして、男に手を差し伸べる。
「よかったら私の家に来ませんか」
_夜の公園は危ないし、寒いし、風邪を引くかもしれないよ。
_乱太郎がそう言えば、男は驚いたように目を瞠り、数度瞬きをした。
_乱太郎の言葉にも男は黙ったままで、気まずい沈黙が流れる。
_やっぱり突然すぎてこれじゃあ不審者だよなあ、と不安に駆られ、乱太郎はそわそわと視線を泳がせた。
_しかし、男は小さく頷くと、小さな声で「うん」と呟いた。
_反応があったことに思わずホッと息を吐いて、乱太郎は笑みを浮かべた。
「私は猪名寺乱太郎。ねえ君、名前は?」
「……きり丸」
_こうして乱太郎に、同居人が出来た。


20120727

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