_月の明るい晩のこと。
_厠に起き出した団蔵はその帰り、寝間着姿で縁側に腰掛けぼんやり月を眺めている伊助を見つけて足を止めた。
_伊助は気怠げに団蔵を一瞥しただけで何も言わなかった。その隣に腰掛けると、団蔵はにやりと笑ってわざと軽口を叩いた。
「庄左ヱ門を待ってんの、伊助。相変わらず出来た奥さんだねえ」
_伊助は「ばあか」と言って溜め息を吐いた。
「足音が聴こえたから庄ちゃんが帰ってきたのかと思ったんだ。団蔵だったわけだけど」
「そりゃすいませんねえ」
_庄左ヱ門は級長委員会の先輩である鉢屋に連れられておつかいに出ていた。しかし、夕方に出発し、早ければ夕食前には戻ると言っていたはずなのに、夜更けになっても庄左ヱ門はまだ戻らない。
「庄ちゃん、遅いなあ。何かあったのかな」
_帰りの遅いその身を案じているのだろう、伊助はいつになく不安げだ。団蔵はその肩を強く抱くと、伊助に身を寄せた。
「大丈夫、我らが学級委員長だもの。ちょっと予定がずれ込んじまっただけで、きっと無事さ。鉢屋先輩がついているんだし」
「……うん」
_団蔵の言葉に少し慰められ、伊助は表情を和らげた。そうだよね、と呟いて、確かめるように何度も頷く。
_その様子を満足げに眺め、団蔵は悪戯っぽく笑った。
「それにしても一人寂しく待つのは良くないな。夜風は身に凍みるだろう」
_そう言って、ぎゅっと伊助を抱きしめる。団蔵の腕の中、あたたかさに包まれて伊助はようやくほっと息を吐いて笑った。
「ばか、団蔵。苦しいよ。……でも、ありがとう」

_思いがけずおつかいに手間取りその上帰りがけに山賊と遭遇し、帰るのがすっかり遅くなってしまった。
_寝ぼけ眼の小松田さんが差し出す入門表に鉢屋とともにサインして、庄左ヱ門は夜空にぽっかり浮かぶ月を見上げた。
「……伊助、心配しているだろうな」
_呟くと、それを聞き留めた鉢屋がにやりと底意地の悪い笑みを浮かべた。
「同室の心配か? おーおー、お熱いこったねえ」
_冷やかしに思わずムッとして、ムッとすること自体鉢屋の思惑通りだと気付くと庄左ヱ門は気を落ち着けた。
「そういう鉢屋先輩は、不破先輩が心配じゃないんですか?」
「私たちは慣れているからね。今更、雷蔵も私の心配なぞしないよ。今頃私の帰りを待たずぐっすり、ぐっすり……っ」
_自分で言っていて悲しくなってきたのか、鉢屋はワッと泣き真似をして両手で顔を覆った。鉢屋の頭を庄左ヱ門はよしよしと撫でてやる。
_顔を上げた鉢屋は「長屋まで送ってやるよ」と申し出た。素直に応じて庄左ヱ門は鉢屋と連れ立って歩く。
_その道すがら、鉢屋は「そういえば」と口を開いた。
「庄左ヱ門。お前と同室の、二郭伊助だっけ? あの子、いい子だね」
_庄左ヱ門は鉢屋を一瞥すると、冷やかに「あげませんよ」と返した。鉢屋は「勿論」と答えて吹き出した。
「ちょっとからかってみただけさ。庄ちゃんに伊助がいるように俺には雷蔵がいるもの、心配しなくても取ったりしないよ」
_呼び名もくだけた愛称になり、鉢屋の雰囲気は一気に柔らかくなる。
「俺は伊助をよく知らないけど、滅多に人を褒めない兵助があの子のことを褒めていたよ。よく気のつく聡い子だって。後で教えておやり」
「はい」
_ほんの少し嬉しそうに微笑んだ庄左ヱ門の頭を、可愛い可愛いと鉢屋は撫で回した。
_角を曲がればもう長屋、というところで鉢屋は不意に足を止めた。止まりきれず鉢屋にぶつかった庄左ヱ門に「しっ」と人差し指を立てて見せる。
_曲者かと身構えた庄左ヱ門に、しかし鉢屋は「ご覧」と廊下を指差した。促されるままそっと角から頭を出して長屋の廊下を覗くと、そこには何故だか抱き合っている伊助と団蔵の姿。
「間男の登場か?」
_にやにや、楽しげに嘯く鉢屋に「違いますよ」と即座に言い返そうとして、「いや、そうとも言い切れないか?」と庄左ヱ門は押し黙った。
「庄ちゃんたら冷静ね」
_呆れてお決まりの文句を口にすると、ここまででいいね、と鉢屋はもう一度庄左ヱ門の頭を撫でて踵を返した。
「今日は疲れただろう。ゆっくりお休み」
「はい。鉢屋先輩、ありがとうございました」
_庄左ヱ門はお辞儀をして、五年長屋に戻っていく鉢屋の背中を見送った。それから「さて」と呟いて自分も部屋へ向かう。
「庄ちゃん!」
_庄左ヱ門に気付いた伊助は表情を明るくし、伊助に抱き付いていた団蔵は対照的に庄左ヱ門を見てサッと青ざめた。
「庄左ヱ門、お疲れ」
_団蔵は伊助からパッと離れると立ち上がり「伊助、良かったな」と伊助の頭を撫でて、自室へ戻って行った。
「団蔵と何してたの?」
「庄ちゃんを待ってる間一人じゃ寂しいだろうって話し相手になってくれてたんだよ。優しい奴だよね」
_そんなことより疲れたでしょうもう布団敷いてあるよ、と立ち上がって甲斐甲斐しい伊助に、庄左ヱ門は手を伸ばした。
「その前に僕も」
「へっ」
_庄左ヱ門は伊助を抱きしめて、ふうと一息吐いた。
「ただいま伊助」
「……おかえり、庄左ヱ門!」
_元気いっぱいそう答えて、伊助も庄左ヱ門を抱きしめ返した。


20120717

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