_放課後の医務室に、忘れられた少年が一人。
_三反田は薬草園から摘んできた薬草を一つ一つ丁寧に選っている。人を生かす薬にもなれば、人を殺す毒にもなる、それ。重要なのは用法用量を間違えないことだ。保健委員はその加減をよく心得ている。
_花を摘み、葉を千切り、洗って土を落とした根を刻む。
_その作業の合間、まるで茶菓子でもつまむような気軽さで三反田は摘んだばかりの花の一房を口へ放った。
_しゃくしゃくしゃく、もぐもぐもぐ、ごっくん。
_咀嚼し、嚥下し、そのまま何事もなかったかのように三反田は薬草の仕分けを続ける。
_不意に、声。
「――これこれ、三反田くん。その植物には葉や根だけではなく花にも毒があるんだ、食べてはいけないよ」
_やんわりと咎めるような響きを持つその言葉に、しかし三反田はあっさりと、当然の如く頷いた。
「知っていますよ。これからその解毒薬を作るんですから」
_摘んできた薬草は一人で捌き切るには膨大だ。三反田とともに今日の当番であるはずの川西は遅れている。
_左近が来るまでに整理くらいは済ませておこう、今怪我人が来たら場所がないからちょっと困るな、三反田は暢気にそう呟きながら、今度は葉をすべて千切った茎の先端をひとかじり。しゃく、しゃく。
_呆れた声が「君ねえ」と追いかけた。
「悪癖だなあ、それ。幾ら耐性をつけようったって、程々にしないと、死ぬよ」
「大丈夫ですよ、僕は毒では死にません。だって僕は保健委員ですから!」
_いっそ誇らしげに胸を張って三反田は高らかに宣言する。「保健委員の在り方を履き違えているよ、それ」と声がつっこみ、一転、しみじみと言った。
「いい感じに歪んだねえ、三反田くん」
「誉め言葉として頂戴しておきます。先輩だって、そうだったじゃないですか」
「うん?」
_先を促すような相槌に、しかし三反田は素知らぬ顔をして葉をまた一枚、もう一枚と千切る。三反田を中心に、青々とした葉が広がっていく。
「先輩はいいですね。死んだその後もそうして伊作先輩の側にいられるのだから」
_三反田の言葉に僅かに躊躇うような沈黙が流れ、それから声は控え目に笑った。
「ふふ。三反田くん、羨ましい?」
_その問に三反田は答えない。その代わり「わあ、指先が痺れてきた」と手のひらを広げて楽しげに言うので、「早く解毒しなさいよ」と声が呆れた。
「先輩。僕は毒では死にません。僕は、いつか透明になって、あとかたもなく消えます。――先輩とは、違って」
_三反田は作業の手を止めた。顔を上げると、花の綻ぶ笑みを浮かべて、言葉に蜜のような優越感を滲ませる。
「羨ましい、ですか?」

_慌ただしく足音が駆けてきて、医務室の戸が開く。当番である川西が息を切らせながら入室して来て、遅刻を詫びた。
「遅れてすいません、数馬先輩! 授業が長引いてしまいました」
「ん、いいよ、大丈夫」
_床一面に広げられた薬草。その中心に座り、指先を葉で青くした三反田はにこりと笑った。
「誰も来なかったから」
_放課後の医務室。そこには三反田と、着物を着た骨格標本がいるのみ。


20120429
晩節様に提出

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