_ゼミが忙しいという庄左ヱ門のため、庄左ヱ門が一人暮らしをしているアパートに夕食と翌朝の朝食を作りに来るのが伊助の日課だ。
_庄左ヱ門も料理をしないわけではないが、疲れて帰ってきて台所へ立つ気にはなかなかならない。なおかつ庄左ヱ門は朝に弱いので早起きして朝食作りをすることもない。
_ならば、と伊助は不規則な食生活を送る庄左ヱ門を気遣い、二食分のおさんどんを買って出た。料理は嫌いではないし、食費は庄左ヱ門が負担してくれるので一緒に夕食を摂ると伊助の食費も一食分浮いて一石二鳥だ。

_勝手知ったる庄左ヱ門のアパートに合鍵を使って上がり込むと、伊助は早速細々と動き回る。
_来る途中スーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に仕舞い、外に干してあった洗濯物を取り込む。それから台所まわりを簡単に掃除し、ついでに風呂の用意も済ませる。食事の準備だけでなくその他の家事までしてしまうのが、世話好きとしての性分と言うか何と言うか。
_一通り掃除や片付けを終えると、ようやく伊助は台所に立つ。
_この日のメニューはカレーだ。伊助は慣れた手付きで調理し、ことこと鍋を火にかけている間に、サラダと簡単な朝食の用意をする。
_そうしているうちに玄関からドアの開く音がして、いつもより少し早い家主の帰宅を告げた。
「ただいまー」
「おかえり、庄左ヱ門。今日は早かったね」
_玄関まで庄左ヱ門を迎えに出て、伊助は庄左ヱ門の鞄を受け取った。
「うん。今日はカレー?」
「そう。でもごめん、もう少しかかるんだ。お風呂沸いてるから先に入ってきて」
_パタパタと甲斐甲斐しく動き回り、伊助は庄左ヱ門の手にタオルと着替えを押し付けた。
_素直に風呂場へ向かった庄左ヱ門はひとり、上機嫌に微笑んだ。
「良妻だなあ」
「何か言ったー?」
「ううん、何でもない」

_庄左ヱ門が風呂から出る頃には夕食の支度も整い、テーブルについた二人は揃って「いただきます」と手を合わせた。
_カレーを一口食べると、「美味しい」と庄左ヱ門は感嘆の息を漏らした。
「ほんと? 良かった。今日のカレーはね、玉ねぎをよぅく炒めたんだよ。ルーも新しいやつ使ってみたんだけどね、」
_食事中、伊助はよく話し食卓を明るくする。それでいて食べ方は汚くならないのだから、庄左ヱ門はいつも感心しながら伊助の話に相槌を打った。
_食事を終えると伊助は手早く皿洗いを済ませ、家まで送ると言う庄左ヱ門の申し出を断って帰り支度をする。玄関まで見送りに出て、「今日もありがとう」と庄左ヱ門は言う。
「明日の朝ごはんにはサンドイッチを作っておいたから。卵とハムのやつ。あとは残りのカレーをあっためて食べてね」
「うん、わかった。本当に送らなくて大丈夫?」
「何言ってんの、平気だよ。それより疲れているでしょ、庄左ヱ門はゆっくり休んでよ」
_か弱い女の子でもあるまいし、と伊助は笑った。それでもなお、庄左ヱ門は「最近物騒だから」と言葉を重ねた。
「夜道は危ないから気をつけてね」
「うん」
「人通りの少ない道は避けて、街灯のある大通りを行くんだよ」
「はいはい」
「変な人に声をかけられたらすぐに逃げるんだよ」
「わかったよ」
「伊助、もう僕の部屋に住めばいいのに」
「うんうん、そうだね。庄ちゃんは心配性なんだからー……って、はい?」
_思わず聞き流しかけた言葉に伊助は庄左ヱ門を見る。庄左ヱ門はにっこり笑った。
「ね、伊助。一緒に暮らそうか」
_庄左ヱ門の渾身の一撃を、しかし伊助はあっさりと笑い飛ばした。「何言ってんのさ。そういうのはご飯作ってくれる可愛い女の子見付けて、その子に言いなよ」
_女の子であったなら間違いなく射抜かれたであろう爽やかな笑顔のまま固まった庄左ヱ門にも伊助は動じることなく、軽やかに手を振った。
「じゃあまた明日、ご飯作りに来るから。リクエストがあったら夕方までにメールしてね。おやすみ」
_颯爽と去って行くその背中が見えなくなるまで見送って、庄左ヱ門は「ううむ」と小さく唸った。

「……まだ流されてはくれないか」


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