_幾度か繰り返された問答。土井先生に「自分の命と銭、どちらが大切なのだ」と問われ、その度にきり丸は迷わず「銭」だと答えた。
_きり丸の答えに土井先生が激怒していたそのとき、乱太郎は何も言わずに二人を眺めていた。
_土井先生と一緒になってきり丸を責めることもしなければ、詰め寄って憤る土井先生を宥めることもせず、隣にいるしんべヱに不思議そうに見上げられても乱太郎はひたすら口を噤み、困った顔で土井先生をあしらうきり丸をじっと見つめていた。
_決意の表情で。

_仲間たちとともに進級を重ねるうち、ある時から乱太郎はアルバイトに精を出すようになった。
_それに伴ってきり丸のアルバイトを手伝うことも減った。空いた時間があればきり丸と手を繋いで町へ出て、しかし町についてしまえば「またあとでね」ときり丸の手を離して自身のアルバイトへと向かってしまうのだ。
_もともときり丸のアルバイトをよく手伝っていた乱太郎だから、アルバイトの手際は良く実に手慣れた働きぶりだった。保健委員総出で乱太郎のアルバイトの手伝いに駆り出されたこともある。
_きり丸のどケチが移ってしまったかのような乱太郎に、級友たちを始め学園中が不思議そうな顔をした。とはいえ、半忍半農の父を持つ乱太郎の実家は決して裕福なわけではないので、乱太郎がアルバイトに励んだからといって不思議ではないのだが。

「乱太郎の父ちゃん、仕事なくなっちゃったの?」
_自分で調合した薬を団蔵に売りつけている乱太郎に、きり丸は尋ねる。団蔵は鍛錬と喧嘩のしすぎで保健委員会のブラックリストに載り、頻繁な医務室への出入りを禁じられているのだ。
_ひーふーみー、団蔵から受け取った銭を確かめながら「縁起でもないなあ」と乱太郎は苦笑して首を横に振った。
「じゃあどうして急にアルバイトを始めたんだよ」
「欲しいものがあるんだ」
_へえ、ときり丸は好奇心が滲んだ相槌を打つ。日々食うにも困る貧しい家で生まれ育ったせいか、基本的に乱太郎にはほとんど物欲がない。その乱太郎が何かを欲しがるなど、そしてそれを口にすることなど滅多にないのだ。
「乱太郎の欲しいものって何、何」ときり丸は楽しそうに問うが、_乱太郎は笑顔で「ひみつ」とはぐらかす。きり丸が更に問い詰めようと口を開きかけたところで、先んじて懐から塗り薬の入った包みを取り出してきり丸に見せる。
「ね、それよりきりちゃん。新しい血止め薬を作ってみたんだけど一つ買わない? 即効性で効き目抜群、実習中にも役立つよ。四文でいいから」
「このどケチのきりちゃん相手に商売しようとは……乱太郎も図太く成長したな。一文!」
「四文」
「……二文!」
「今ならなんと! この薬を買うと、安眠効果のあるお茶がタダで付いてくる!」
「買ったあ!」
_タダという売り文句に反射的に答えてしまい、次の瞬間ハッと我に返ったきり丸は既に遅い。言質をとったとばかりににっこり笑う乱太郎に手を差し出され、泣く泣く四文を支払い薬と僅かばかりの茶葉を受け取る。
「うう、乱太郎にはかなわないなあ」
「当然でしょ、何年きり丸と一緒にいると思ってんのさ」
_懐の紙入れに四文を仕舞い込み、乱太郎はホクホクと満足げだ。
紙入れが乱太郎の懐へ戻されるのを恨めしげに目で追い、きり丸は諦めきれないようにもう一度悔しがる。
「乱太郎、お前、そんなにして一体何が欲しいんだ?」
「……ひみつ」
_乱太郎は答えない。
_口を尖らせて不満顔のきり丸に笑いかけると、「きり丸、これからアルバイトでしょ? 私もなんだ、一緒に町まで行こう」ときり丸の手を引く。きり丸は不機嫌な表情のまま「仕方ねえな」と言って乱太郎の手を握り返した。

(自分の命よりも銭が大事だと言う、どケチのきり丸)
(ねえ、それじゃあその命)

(私が、買うよ)


20120311

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -