これも”日常”
開盟学園の生徒会。生徒の為に働く彼らは生徒からの信頼も厚い。頼りにされてると言っても過言ではない。それは良くも悪くも、個性が豊かすぎる彼らだからこその活躍である。
そんな彼らは今日、挨拶期間中のため朝早くから校門に集合していた。
誰かは目を開けきらずに。誰かははおはようと言うだけで精一杯。
個人的な理由も関係なしに他の誰よりも早く登校し、校門の前で担当の教員と共に生徒一人ひとりに挨拶していくのだ。面倒臭いと思っていようとも、彼らは誰もその言葉を発しない。その原因は。
「おはようございます!」
しゃんと目を開き、はっきりした通る声で挨拶を述べる彼。椿佐助の存在である。もちろん、生真面目な生徒会副会長は誰よりも積極的に行動していたのだ。
その場にいる誰もが驚き呆れる程に元気よく、高校生らしく健全に。
「おはよー」
突然の間延びした声。どっかの副会長とは正反対に、朝のだるさに身を任せた少女。今年最高学年になった坂城綾乃。
今日も彼女の髪は太陽と同じ色。
「惣司郎、精が出るね」
「よぉ。この場所欲しければやるよ」
「やだねめんどくさい」
いーとふざけて笑う彼女を椿はふと見る。目立つ金髪の彼女。それをいつものように追いかけるべきか、否か。だがしかし今は挨拶運動中。
金髪を見つめる椿に気づかない綾乃は幼なじみと話しをしている。いつもの事なのに、追いかけられるかもしれないとは微塵も思っていない。
椿が自身の腕時計を見るに、予鈴がなるまで後五分あるかないかの微妙な時間。まわりは遅刻しまいとある程度急いでいる中、綾乃はそれをまったく気にせず、のらりくらりと談笑している。
今なら首根っこ捕まえるだけで捕獲できるだろう。
「でさー、夜サーヤとメールしたんだけど」
「あー、アイツ、寝落ちたって朝言ってたわ」
「やっぱりか」
そして朝だからなのか間の抜けたいつもより低い声が安形に掛けられる。そんな彼も立ったまま寝てしまいそうな程ふらふらしながら、閉じかけた細い目で綾乃を見た。
この二人朝はとてつもなく弱い。弱いと言うか、寝ることが好きなだけの様な気もするが。
頼りにならない、とまではいかないが寝ぼけた会長と油断している天敵。庇う人も居ずに自身もふらふら。
いつもの様にやるなら今だが、果たしてそれは良いことなのか。
朝から頭をフル回転させて考える椿だが、道徳やら自分自身の眠気やらに邪魔され上手く答えが見つからない。
だがしかしこのままでは綾乃も行ってしまう。
「なに、副会長」
はっとした彼がしてしまった答えは、相手の足止めだった。どうやって止めたかと言うと、綾乃の手を握りしめて。
ぎゅうと相手の手の形がわかるくらいに。それこそ恋人さながらの早さで。
「あ、えと」
この手は何。そう言って眉を顰めた綾乃は手首を掴んだ椿の手を指さす。どぎまぎして困惑した椿はすぐさま手を放した。何をしていたんだ自分!
「そ、そうだ、坂城先輩またそんな髪の色!」
「はいはい、そんなに私と一緒にお話ししたいんでしゅね」
「ば、バカにしないで下さい!」
取り繕った椿をはいはいと適当に流した綾乃はひらひら手を振り校門を潜ろうと足を進める。
すぐに椿もその前に進む。向かい合った二人。半ば眼を糸のようにしている綾乃に眉間に力を入れた椿。
「なんなの副会長」
「スカートの丈を直して下さい」
綾乃が右に体をずらす。椿は左にずれる。
結果、二人は向かい合ったまま。
その横を遅刻間際な学生が通り過ぎていく。
「どけて」
「スカート丈直して下さい」
「やだ」
「ダメです」
右に左にフットワークを重ねる二人。彼らの争いは当然の様に平行線を辿るばかり。
ついに眉間に皺を寄せた綾乃は、とある手段にでたのである。
「チェオラッ」というまったく意味のつかない間延びした雄叫びと共に。綾乃は力いっぱい椿に突撃した。頭から体ごと。どすりと重たい音がする。
「ぐふっ!」
「いたっ」
綾乃はぶつかった衝撃で痛む頭をさすりながら、むせる椿を指差した。さも、お前が避けないから悪いのだと言わんばかりに。
それが正しいかはわからないが、お互いに理由があるのだけ確かである。
手を出した分、綾乃の方些か分が悪いが。
「副会長、いつもの威勢はどうしたよ」
「あ、なたが、いきなり」
突然も良い所の攻撃に混乱する椿。心臓のあたりをどんと押されたからか、ばくばくとうるさく騒ぐ。椿が動揺している事に満足したのか、綾乃は彼を鼻で笑った。不良顔負けの表情である。
そんな殺伐としてるような穏やか仲良しそうな、よくわからない二人を、和やかな目で見守るのが生徒会の普段。
「貴方は何を考えているのですか」
いつまでも顔をしかめている椿。しどろもどろなままの彼に、綾乃はやりすぎたかと眉を顰めた。
そう言えばそういう衝撃って心臓にがっつり当たったら良くないんだっけ。あやふやな記憶で今更すぎることも思い出し、彼女は事を重大に受け止める。
しかしココだけの話。本当の所は椿自身の気持ちの問題なので、決して彼の体にダメージがあった訳じゃない。勿論、綾乃がそんな事に気付く筈がないが。
もともと女子と連み男子とは話す機会がない綾乃には、彼がどもる理由がわからないのである。
まぁ。最近の男子と椿に共通点が多いか少ないかになると断然に少ないのだから、例え話す機会があっても椿に活かすことは出来ないだろう。
ちなみに、綾乃の幼なじみ安形惣次郎は彼女の中で男子に含まれていない。
「椿君、お顔が真っ赤ですわ」
「なにっ!?」
ふふふと笑って言った生徒会会計の丹生。その隣に居た浅雛も頷いた。指摘されてしまった椿はあわあわと手を頬や額に当てるが、自分でもわかるほどに熱を持っている。
その事にまた慌ててしまった椿は、顔を左右に振り払うように動かした。実際、それで赤みがとれるはずがない。
「なに、副会長風邪ですか」
「う、うるさい! 僕に構うな!」
椿の顔は未だ赤い。
事を重大に受け止めたらしい綾乃は、平静を装いながらも慌てていた。
風邪なら熱が出てるはずだ。もし風邪なら自分の所為ではない。そう考えた綾乃はぺしりと勢いを付け椿の額をさわる。
熱があれば熱いはず。そう期待を込めていたが、彼女の手は上手く体温を知らせなかった。
そんな綾乃は冷え性である。
「熱を計る時は、額同士を当てるとすぐわかるらしいよ」
やけににやにやした秦葉が助け舟を出す。
勿論本人以外には理解できていたが、その貴公子の笑顔の裏には違う意図が隠されているのだが。
気付かないところが、綾乃と椿である。
「ほら、早く早く!」
「え、あ、わかった!」
綾乃は、言われるがままに椿の両頬を勢いよく掴んだ。椿の目の前に、綾乃の顔がある。今までにあるようで無い距離だった。
不意打ちの急接近に、彼の思考は緊急停止してしまう。 喉からはかすれた声しか出てこなくて。あわあわと唇ばかりが動いた。
「これでいいの……?」
「あ、あのっ」
確かに言われた通り、綾乃の額にはじんわりと椿の体温が伝わる。今し方さらに上がった熱に気付いて、彼女は眉根を寄せた。
椿の額は温かいというよりも熱い。ぱっと離れて改めて椿の顔を見れば、やはり彼女の目には熱があるように見えた。
「風邪なりかけかな?」
「別……に、僕は」
「お茶あげる。ちゃんと水分とらなきゃ」
辛うじて綾乃に答えた椿は、急に世話を焼き始めた彼女にまた狼狽える。
教科書が入っていない鞄を開けて、綾乃はお茶のペットボトルを探し始めた。
「いや、ちが」
「馬鹿がたまに引く風邪は長引くの!」
「いや、僕は、」
ぐいぐいとペットボトルを文字通り押し付けられるままに受け取って。彼はまた口をぱくぱくと開け閉めした。
そんなこともお構いなしの綾乃はあと何か渡せるものをと鞄を漁る。
「じゃ。私行くから」
結局渡すものが見つからなかった綾乃はポケットから出した飴を椿の手に握らせた。
いらないですと掠れ声で言う椿をよそに、綾乃は大分満足していた。よっしゃとニコニコ笑っている。
その様子を見た安形たちに苦笑いされているのは、二人とも気付かない。もちろん、気付いていたらそんなことはしていない。
最後に「お大事にね」と言葉を残していった彼女は、悠々と学校に入っていく。珍しくゆっくり学校へ入れる事に、気分を良くしているようだった。
逃げられた事に気付かず、ぽかんと呆気にとられながら見送る椿。
「いい加減気付けば良いのにね……」
「綾乃はアホだからな」
「そこが可愛いんですよ」
「椿君は分かりやす過ぎる」
椿すら気づいていない彼自身の気持ちに、彼より早く気付いている彼らがひそひそと話し合う。
もっとも彼らのように話し合う人間は学園内にも多い。
それだけ椿がわかりやすいと言うことなのだが、それを“普通”だと思い込んだ綾乃には届かない。椿もそれが普通だと思い込んでいるのか、自分の気持ちにすら気付かなかった。
そして二人は今日も、仲がいいのか悪いのかよくわからない関係で一日を過ごしていく。
普通が普通じゃなくなる時。はたしてそれが来るのかどうかは、まだわからない。
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