止むことを知らない雪の中、紅い光が中空を舞う様は私の中に幾許かの感傷を残していった。それは、その日が私にとって大きな節目となる日だったからだとか、その辺はあまり関係は無いとは思うけれど。その後冬の遅い夜明けが訪れたところで仕事が切り上げられるわけでもない。特にセプター4の中でも室長は置いておいてそこから下の指揮官クラスである面々は忙しく立ち回っていた。何かに没頭していた方がごちゃごちゃと何か考えなくても済むのには正直助かった。
そんなてんやわんやという言葉が相応しいのも漸く一段落したところで屯所に帰投する。気がつけばすでにあれから24時間以上も経っていたことに、正直驚いた。今度は今度で紙面上の仕事が山積みであることは明らかである。しかしながら、さすがにこれはまずいとまともな神経の人間なら思うはずで少しの休憩時間が与えられた。さすがに室長を覗いたトップ3の内二人が同時に不在なのもどうかと思ったけれど、宗像にそう言われてしまえばさっさと休息を取って戻る方がよさそうな気もする。そんな理由から緩慢に二人して首を縦に振ったのだった。

最上階の室長室の上、屋上は滅多に人が寄り付かない静けさで言えば絶好のポイントだ。この真冬では気温的にあまり長いしたい場所ではないがそれも相まって誰にも邪魔されずに過ごすにはちょうどいい。買ったばかりのはずホットの缶飲料が急速に冷えていくのを感じながら啜って空を見上げる。体感的には昨日、本当は一昨日くらいから降り続く雪は未だに止む気配を見せなかった。隣に立つ猿比古の顔を盗み見てもいつもの覇気のない横顔しか映らない。

 不意に、カシャンという音がして振り返ると猿比古が愛用している黒縁のが音が落ちていた。どう見ても本人が外して投げたように見えるそれを訝って拾い上げる。傷でもついたらどうするの、だとか疲れすぎて血迷ったのだとか、それとも――八田との戦いを止めたのをそんなに怒っていたのか。浮かんだそんな言葉は立ち上がった瞬間に咽喉の奥に張り付いたように出てこない。

 だって、この男が、こんなところで、こんな情の絡んだ触れ方をしてくるなんて

「ふ、しみ……?」
「眠いんだよ……5分だけ貸せ、なまえ」

 なんとか絞り出した言葉は驚くほどに頼りなく、ほとんど囁くほどの大きさしか出なかった。猿比古はこう言ったものの、肩に触れた重みと微かな震えにこちらの方が肩が跳ねそうになる。私に抱きつくようにしているこの男は一体誰だ。私の知る伏見猿比古はこんな男ではなかったはずだ。
 もっと無味乾燥で、慇懃無礼な八咫烏さえ絡まなければ何事にも興味のなさそうで世界の大多数に腹を立てて、見捨てているような、そんな

嗚呼、なんてことをしてくれたんだ赤の王!お前は死んでも尚私たちを、いいや私を振り回してくれるんだ!!

私が今まで、彼と出会って積み上げてきた関係が、世界が、すべてが瓦解していくようでたまらない。叫び出したいほどにヒステリックな、衝動が渦巻く。しかし、それは本質的にはそうであっても死者、周防尊のためではない。生者の伏見猿比古のせいだ。
 なんで、よりにもよって私の前で。もし今日の事が彼に何かをもたらしたとして、決して人前ではそんな素振りは見せないと思っていたのに。
 分かっていたのだ。この不器用で自分の感情の機微に疎い男が、どこかに情緒的な成長を置き去りにしてしまっていることは。そして、そんなところを私は少なくとも憎からず思っていることも。口にすることを憚っていた感情に、素直になれるのは私の方なのだ。だってこれよりは、私の方が大人なのだから。

「……猿比古」

 猿比古の手に自らのそれを重ねる。

「今日、帰れたらご飯食べに来ない。私の家」
「……野菜、入れんな」
「ええ……」

 錆びついた歯車が動き出すのに、そんなに悪い気はしなかった。





あとがき
血迷った 血迷ったんだ
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