星になるまで

 わかってたじゃん。

 壁掛け時計が日付の変わりを無情に伝えるのをテレビ越しに見て、何度も自分に言い聞かせる。ほらね、わかってたじゃん。だから言ったじゃん。この街の誇る人気ナンバー2ヒーロー様が、彼に憧れる子供たちやファンを差し置いて、たかだか私みたいな女ひとりにクリスマスを捧げることなんてしないって。

 そもそも、私の仕事納めの日と彼の誕生日が合うからその夜にでも会おうって話になっていたし。事務所の人たちがどうにかしてスケジュールをこじ開けてくれたって嬉しそうに話をしてたじゃん。ハロウィンの前日に。……そこから会えていないわけだけれど。
 しょうがないよ、師走だよ。一般人ですら忙しいのに、ヒーローが忙しくない訳がないじゃん。言い聞かせる。言い聞かせる。

 夜中のニュース番組では、今日――もう昨日か。定番の赤い衣装に身を包み、白い大きな袋を背負って子供たちにプレゼントを配って回る、各地のヒーローたちの様子を特集として報じていた。そこには勿論、彼の姿もある。

「……寝よ」

 ぽつり。ザッピングしてもあまりピンとくる番組がなかったテレビを消すのと同時に、自分に染み込ませるように声に出して呟いた言葉を、賑やかしの声と共に黒い画面が吸い込んでいった。重たい腰を上げて、念のためと呪文のように言い聞かせて作ったクリスマス料理たちを冷蔵庫に閉まった。明日のお弁当は豪華になりそうだ。そう、明日も仕事だし、寝付けるかはわからないけれど、もうベッドには入ってしまおう。

◇◇◇

 ――コンコン

 毛布にくるまって、ようやくうとうとし始めた頃。ベランダの窓を何かが叩く音で意識が現に戻された。枕元のスマホを手に取る。パッと明るくなった画面に目を細めながら確認できたのは、ベッドに潜り込んでから1時間くらいが経っていることくらいだ。
 "2階以上"を物件選びの条件のひとつとして決めたこの一人暮らし用の部屋で、しかもこんな時間に窓を叩くことが出来る人なんて、私の知っている限りではひとりしかいない。

「……ホークス?」 

 カーテンを開けると、月明かりを背に思った通りの男がベランダに降り立っていた。慌てて窓を開ける。 

「あーごめん。もしかして寝てた?」
「ううん、まだ、寝てはなかったけど……あ、身体冷えてるよね? お風呂入る? ご飯もあるけど何か食べてきた?」
「おー、いいねそれ。それとも私? って続かないの?」
「ばか。ほら、はやく入って。私も寒いよ」
「ごめんごめん」

 彼を招き入れ、暖房の設定温度を上げた。

「とりあえずコーヒーでも飲む?」
「いや、その前に渡したい物があって」
「えっごめん、私まだプレゼント……」
「いいからいいから」

 ベッドの端に座るよに促される。大人しく従うと、彼の表情が少し固くなった。

「あのさ」 

 白いポンポンの付いた、赤の三角帽子を脱ぐ。んんっ。わざとらしく咳払い。肩に担いでいた真っ白な袋から、小さな箱を取り出した。

「え、なに」

 待って。まさか。

「みょうじなまえさん。俺と、結婚してくれませんか?」

 つい数時間前、画面の向こうで子供たちに幸せを配っていたサンタクロースが、私だけのために恭しく跪いている。

「うそ……」
「えっ、人の一世一代の大勝負を嘘呼ばわりする?」
「だってぇ」

 だって、そんなの、あまりにも不意打ちすぎる。

「あ、やっぱり泣くんだ」
「やっぱりってなに」
「あはは」

 私だけのサンタクロースが楽しそうに笑う。ひんやりと冬の空気を纏ったベロア素材が私を包み込んだ。
 この世界や宇宙の規模で言ったら、きっとちっぽけでありふれたものかもしれない。それでも、私ひとりで抱えるにはあまりにも大きすぎる幸せが、ぽろぽろと瞳からこぼれ落ちては、彼のまとった赤いコスチュームを濡らしていく。

「あー、なまえさん? そろそろお返事、聞かせてもらいたいんですけど」
「……っ、ばか」
「ええ〜っ」

 困ったな、と眉を八の字に下げて笑う世界でいちばん大好きな人へ。

「けいご」
「ん?」
「お色直しは2回したい」
「ははっ、何回でもどうぞ」

 いつか、あの空の星となる日まで



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