だからこの僕を汚して


 着信を知らせる携帯電話のバイブレーションで目が覚める。こんな夜中に任務……? 寝惚け眼でサブディスプレイに表示された文字を見て一秒。意識はあっという間に覚醒した。

 着信: 夏油先輩

 心拍数がどんどん上がっていくのがわかる。一か月前、先輩は居なくなったと聞いた。任務先でたくさんの人を殺して、そのまま。あの優しい夏油先輩が? 有り得ない、と何度も否定した。けれど夜蛾学長も、五条先輩をはじめとした他の先輩たちも。誰ひとりとして否定なんかしてくれなかった。たくさん泣いて、泣いて、泣いた。けれどどんなに私が泣こうが、時間は無情にも過ぎていくばかりで。漸く私も折り合いをつけて、どうにか状況を受け入れられるようになってきていた、そんな矢先だったのに。

 頼りになるところ、強いところ、親切なところ、時々ちょっと悪い顔をして五条先輩とわちゃわちゃしているところ。普段は大人っぽいのに、たまに見せる歳相応の笑顔が可愛いところ。先輩が煙草を吸っている時にたまたま出くわすと、風の方向を気にしてくれたりする、そんな小さな優しさをくれるところ。先輩のぜんぶが好きでたまらなくて、私はひっそりと恋心を寄せていた。もちろん、本人には伝えていなかった。きっと困らせるだけだってわかっていたから。なんとなく、先輩は気づいていたのかもしれないけれど。

 どうしよう、出なくちゃ。でもなんでこんな時に今更? もしかしてやっぱり先輩は冤罪だったの? でもどうして私に。なんと言って出よう、どうしよう。パニックになっていると、着信は途絶えてしまった。

――あ、どうしよう。かけ直さなくちゃ。

 パカリと携帯電話を開く。着信履歴を選択して、通話ボタンを押そうとしたところで窓からコンコンと音がした。
 バッと視線をあげると、カーテンの外に大きな黒い影が見える。呪霊、だろうか。ううん、ここに出るはずはないから、もしかして――
 期待と不安を込めて、そろりとカーテンを開ける。そこに居たのは、思い描いていた通りの人物。にこりと笑って、「や!」と片手をあげる夏油先輩だった。

「せん、ぱい……どうして」
「なまえもくるかい?」

 私の問いに、先輩は答えてくれない。その代わり、こっそり寮を抜け出して深夜にコンビニに向かったあの時と同じ声で、柔らかな笑顔で、私に手を伸ばす。私もあの時と同じように、こくりと頷いてその手を取った。

 空飛ぶ大きな呪霊の上で、夏油先輩に横抱きにされる。日中はまだ暖かい日が続くけれど、朝晩はやはり冷える。思わずぶるっと身震いをすると、気づいた先輩はごめん、もう少しだからと私との距離を少し近づけた。

「先輩」
「ん?」

 月明かりに照らされたその顔を見つめる。いつもは高いところにあったけれど、いまは普段よりも距離がぐっと近い。こちらに向けてくれた、私だけが映っている瞳から目をそらさず、どうしようもないこの気持ちを告げた。

「わたし、殺されるなら先輩に、がいいです」
「はは、それは大役だ」

 先輩は、その言葉を否定も肯定もせずに、私の頭をゆっくりと撫でた。それから、おでこにひとつ、小さくキスを落とす。
 いまどこに向かっているのか、明日からどうなるのかさえもわからない。でも、それでいいと思った。

 たとえどんな地獄でも貴方さえいればその場所が、私がいっとう息のしやすい場所だから。



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