いつか誰かとじゃなく


  カリム先輩とお付き合いするようになってから、オンボロ寮には少し……いや、かなり物が増えた。

 暖炉の上には「とっておきの魔法をかけたんだ!」という、ずっと枯れずに咲き続けてくれている真っ赤な薔薇の花束。バスルームには、ジャスミンやイランイランの香りがする、私好みのアロマオイル。煌びやかな装飾品からはじまり、食料や生活必需品まで。彼からのプレゼントは多岐に渡る。
 高価そうな物の時は、はじめこそ丁寧に、それとなく、やんわりと、拒絶を試みてみたものの、私がお断りの言葉を告げた時のカリム先輩には見えない耳と尻尾が見えて、それらが彼の眉毛と共にしゅんと下がるものだから。
 なにより、カリム先輩が私のことを想って、私の為にと考えて選んでくれた品々だということが伝わってくるのが嬉しくて、つい受け取ってしまう。そして気がつくと、私と猫(仮)とゴーストたちの埃まみれだった住処は、彼からの贈り物で溢れかえっていた。
 ちなみに今となっては、カリム先輩が私に物を贈る際に斜め後ろに見えるジャミル先輩の表情で、なんとなく物の価値がわかるようにもなってきた。
 ――「こんな寝具じゃ夜は冷えるだろ?」と金の刺繍が施された、ふかふかの羽毛布団がオンボロ寮へ運び込まれたときのジャミル先輩の引き攣った顔は、きっと一生かかっても忘れることはない――

 今は、休日前夜のまだそう遅くない時間。
 いつもなら「宴だ!」とスカラビア寮に招待をしてくれるのだけれど、今日は二人きりになりたいからとカリム先輩が私の部屋を訪ねてきてくれた。グリムは今頃、スカラビア寮でジャミル先輩が作ったご馳走の波を泳いでいる頃だろう。
 打って変わってオンボロ寮では、カリム先輩からはあまり想像できない静寂な時間が流れている。神妙な面持ちの彼につられて、私も少し緊張してきていた。

「……先輩?」
「ん? ああ、すまん。立ったままだったな」

 カリム先輩は、居心地が悪くなっておずおずと声をあげた私の手を引いてベッドの縁へ腰掛けさせる。それから、自身は私の足元へ物語の王子様のように跪くと私の左手を掬いとって、手の甲に恭しくキスを落とした。

 カリム先輩の柔らかな銀髪が、カーテンの隙間から差し込む月明かりの淡い光を浴びてダイヤモンドのようにキラキラと輝く。伏せられたまつ毛の影が褐色の頬に揺らめく光景に引き寄せられるように見とれていると、唇は私の手の甲に触れたまま、彼の瞼がゆっくりと開かれた。朝焼けのように真っ赤な瞳が上目遣いに私を覗き込む。
 カリム先輩は一度口を開きかけたあとに言葉を詰まらせ、私の手を更に持ち上げて、彼の額に押し付けた。

 ぽつぽつとカリム先輩の口から、彼の想いが零れ落ちてくる。

「もうすぐ、オレたち四年生は卒業だろ? 会えない日が続いたら、その間にもし、お前が……突然、元の世界に帰っちまったら、って」
「先輩……」
「お前を繋ぎ止めておく方法、たくさん考えたんだ。気が早いのはわかってる。だけど―― オレ、後はもう、これくらいしか思いつかなくてさ」

 いつの間にか、カリム先輩の右手には銀色に光る小さな指輪が握られていて、その小さな輪っかがゆっくりとわたしの薬指に収まっていく。カリム先輩は八の字に眉を寄せて「ごめんな」と呟くと、懇願するように指輪へ口付けた。

「なあ、オレ、まだまだだけど頑張るからさ。卒業したら、お嫁さんになってくれないか?」

 大粒の涙が、ぽろぽろと溢れてやまない。泣き始めた私に気がついたカリム先輩は、焦ったように立ち上がると、私の頭を抱えるように抱きしめた。スパイスとムスクが混ざった彼の匂いと、お日様みたいな温もりに包まれる。

「っ! すまん、やっぱりこんなの、困らせちまうよな」
「違うの、違う。……ほんとに、うれしく、っ、て……」

 彼の背に手を回して、カーディガンをキュッと握りしめた。トクトクと強く聞こえてくるのは、愛しい人の心音。

 元の世界への未練がなくなった訳じゃない。だけど、だからこそ。願わずにはいられない。
 どうか、お願い。これが長い長い夢だったとしたら、永遠に醒めないでいて。なんて儚くて、頼りない願い。

 とんとんと背中を叩いて、甘やかな拘束を緩めてもらう。目を合わせれば、不安げな瞳が私を見下ろしていた。

「わたし、先輩が言うように、いつどうなってしまうか自分でも分かりません。それでも、そんな私でもいいんですか?」
「お前じゃなきゃ駄目だ。あのな、オレ、こんなにも何かを"欲しい"って思ったのは、お前が初めてなんだ」

 望めばなんでも手に入る環境で育ったという彼が、泣きそうな顔で私に笑いかける。


――ずっと、この人の隣にいれますように。

祈るように、唇を重ねた。



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