終わらないでfantasy


 日が傾き始めたころ。
 今日は部活が早く終わったから、とオレンジの空を背に訪ねてきたエースをオンボロ寮に招き入れた。グリムはゴーストたちとどこかへ遊びに行っていて、寮には二人きり。そんなおあつらえ向きの状況でする事なんてひとつしかなくて、色々と済ませて今に至る。

 ベットの上でチェリー柄のトランクスだけ履いたエースの脚の間に収まって、だらだらと他愛もない話をしていた。グリムのいびきがうるさい話、デュースの寝言の話、最近フロイド先輩の機嫌がよくて部活中の心労が減っていること、ラギー先輩はルチウスと会話できるらしいという噂。
 手持ち無沙汰な私は、エースの右手と自分のそれを繋いだ。そのまま手の塊を持ち上げて、体育座りになっている私の右膝の上に移動する。エースの手の甲が上に来るように。この状態で、浮き出た血管をふにふにするのが最近のマイブームだ。グリムの肉球の次に気持ちがいい。エースは「お前ほんとそれ好きね」と私の肩に顎を乗せてその様子を眺めていた。しばらくそうしていると、ふと思い出したようにエースが口を開く。

「そういや前にさ、なまえの元いた世界だと、現実じゃありえない事をやってみせるのが"魔法"だって言ってたじゃん」
「うん」

 そういえば、こちらの世界に来た当初そんな話をした気がする。今ではもうそれが当たり前のことに慣れてきていて、そんな感覚は薄れてきているけれど。

「なら、この世界じゃなまえがその"魔法"を使えるって事になるんじゃね?」
「ん……?」

 話がいまいち上手く掴めない。ふにふにを一時停止して考え込んだ私に、エースが続ける。

「だってさ、時空? 世界線? わかんないけど、そういうの全部飛び越えてここに来たワケじゃん。俺に会うために」
「ふふ。私がここに来たのはエースに会うためだったの?」
「違ぇの?」

 エースはふにふに攻撃から脱した右手と、その反対の左手で私の両頬を捕まえる。そうして私の顔を上に向かせると、こつん、とおでこを合わせた。それから、拗ねたように私の唇を掬う。私の恋人は、随分とまた可愛いことを言ってくれる。

「んっ……ちがわない、かも」
「でしょ? だからお前も、ある意味使えるんだよ。"魔法"をさ」

 ちゃんとエースの顔が見たくなった私は、甘やかな拘束から一旦抜け出して、向かい合う体勢に変えた。離れた背中が空気に触れて少し寒い。

「エース専用の?」
「よくわかってんじゃん」

 そう言って彼は満足気に微笑んだ。再び唇が落ちてくる。私は、私自身から溢れて止まらない『好き』を噛み締めてそれを受けとめた。

「ね、エースって意外とロマンチスト?」
「意外とってなんだよ! 俺だってたまにはロマンチックになりたい時もあります〜」
「そっかあ」
「そーだよ」

 エースは私の髪を梳いて、くるくると弄ぶ。向かい合ったエースの頭越しに、ふと壁掛け時計に目を遣ると、もうすぐ鏡舎の閉門時刻だと知らせていた。窓の外をみれば、空はあっという間に暮色に包まれて、月の光が濃くなってきている。この時間帯は本当に空の色の変化がはやい。

「ねえ、そろそろ時間やばくない?」

 私の言葉でスマホを確認したエースが、うわマジじゃん! とワイシャツに手をかける。

「あ〜ダル。ねー今日ここ泊まっちゃダメ?」

 エースは私を見て、こてん、と首を傾げた。私がこの仕草と顔にめっぽう弱いことを知っての所業だ。でも、私までリドル先輩に怒られるの嫌だしなあ。負けてたまるか。

「ダメだよ、また首はねられちゃう」
「まー別に、一日くらい……」
「だあめ! それに」

 言いながら、くい、とエースの少し曲がったネクタイを引き寄せた。
私の方に傾いたエースの首に腕を回す。

「エースのここに巻き付いていいのは、私だけだもん」

 その肩口に顔を埋めて、冗談めかして伝えてみた。あ、マフラーは許してあげなくちゃ。あとこのネクタイも。

「……」
「エース?」

 いつもならすぐに返ってくるはずの軽口が聞こえてこない。不思議に思った私は、腕を外してエースと目を合わせる。私から目を逸らしたその顔は、なんと耳まで真っ赤に染まっていた。それこそゴーストの花嫁へのプロポーズ事件で、みんなから揶揄われていた時と同じくらい。かなりいい勝負かもしれない。
 自分は時たまさらっとキザなことを口にする癖に、こちらからの不意打ちには弱い。普段はどこか達観しているエースの歳相応の反応がやけに可愛くて、ついにやにやが止まらなくなってしまう。

「あはは! 照れてるエースかわい〜」
「おまっ……ほんとそういう所だかんな!」
「わっ!?」

 言うが早いか、ベットへ押し倒されて思い切り唇を押し当てられた。そのまま舌が入ってきて、キスはどんどん深くなっていく。

「ンんッ! ……っねえ、時間! だめ、だっ、て……ばっ……!」
「お前が悪い」

 抵抗した私の両手首は意外とごつごつした片手で捉えられ、頭上のシーツに縫い付けられる。

「あれ? なまえなんか顔赤くねぇ?」
「エースのが移っただけだもん」
「へえ」

もう一度ネクタイを緩めたエースに、さてどうしようと考え出したところで、玄関の方から救世主の声が聞こえてきた。


「おい子分! グリム様のお帰りなんだゾ〜!」



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