おねがいピスタチオ
視線、視線、視線――。
銀座に佇む某有名百貨店の2階。可愛らしい装飾が施されたソファに腰掛けながら窓から見える某有名な時計台のある交差点を見下ろして、零れそうになるため息をなんとか飲み込んだ。
わかってはいたけれど、この女子ばかりの空間で悟くんはかなり目立つ。白を基調としたルイ16世様式の店内装飾にも負けず劣らず、それどころか様になってしまうのだから本当にイケメンとは恐ろしいものだ。まあ、全身真っ黒なので浮いては居るけれど。当の本人は気にもしていない様子で、運ばれてきたスイーツ達に目を輝かせている。慣れっこなんだろうな、こんなの。
頼むからみんな自分の手元の推しに集中してよ……。せっかく持ってきたのであろうアクスタやブロマイド、おめかししたぬいぐるみたちなんなそっちのけでこちらに視線を寄越す女子たちに向けて全身から念を飛ばしながら、黄緑のマカロンを口に運ぶ。外はサクッと、中はしっとり。独特の食感の後にふんわりと口内に広がる甘さ。んん! やっぱりピスタチオは最強!
「ふはっ」
自分に突き刺さる視線なんてそっちのけで、黙々とスイーツを堪能していた各テーブルの話題の的であろう目の前の男が愉しげに笑う。前回会った時があんな感じだったから少し気にしていたけれど、今日の悟くんは随分と機嫌がいいので私の心配は杞憂だったみたいだ。スイーツは偉大。
「なんですか」
「前から思ってたけどなまえちゃんさ、ほんと美味そうな顔して食べんね」
いやいや、……え? なにそれ、その、なに……? 持ち上げた視線と合ったのは、このテーブルの上に用意されたどのお菓子たちよりも甘ったるい眼差し。突然の供給過多にどうしたらいいかわからなくて、誤魔化すように紅茶を啜った。熱い。慌てて水に持ち替えた私を更に茶化すように笑って、悟くんは続ける。
「初めて会った時もそうじゃん」
初めて会った時。
「……スタバ?」
「は? 違ぇよ、ラーメン屋でしょ」
「ラーメン」
「そ、ラーメン」
えっ、あの時もう私たち認識されてたの!?
「うん。見てたよ」
「え?」
びっくりしすぎて思ったことがそのまま口に出ていたらしい。
ガラス玉のように透き通った瞳の縁が甘ったるく緩んで、こちらを覗き込んだ。戸惑う私にお構いなく、悟くんの右手が伸びてきてグロスに貼り付いた私の髪を耳にかける。店内のどこかから黄色い声があがった気がするけれど、今の私はそれどころではない。
「見てた。箸の持ち方綺麗だなとか、ラーメンだけじゃなくて餃子とビールまで付けちゃうんだとか」
「え」
「随分とまあ美味そうに食べるなあとか」
「ちょ、」
「ふーふーしながら耳に髪かけるのエロいなとか」
「まって!?」
思わず大きな声が出てしまったのは仕方ないことだと思いたい。だって聞いてないよそんなの!
・・・
流石にいたたまれなくなってそそくさと退店した私たちは(いたたまれなくなっていたのは私だけだけれど)、ひとまずお腹を落ち着かせるために銀座の路面店街を歩くことにした。目的のお店はないけれど、ふらふらして気になったら入ろう的な。男の人はこれを嫌がる人が多い印象だったけれど、悟くんも了承してくれたので甘えることにする。なんてったって今日の彼は機嫌がいいので。
……と、思っていたのだけれど。
「あれ? ゴジョーセンセー!?」
前から歩いてきた高校生くらいの男女3人組のうちのオレンジ頭の男の子から放たれたその言葉で、右上にあったご尊顔が思いっきり歪んだ。
なんかもう、この顔にも慣れてきたな……。