足を止めたのがいけなかったのかもしれない。部活終わりの絡まった髪の先を丁寧にほぐしながら、もう前を見ないでも歩けるほど通いなれた帰路を辿っていたときのことだった。たしか、河川敷あたりだったとおもう。夕闇がかったオレンジ色の空の補色のような目に映える鮮やかな水色の髪をした男の子が何をするでもなく少し離れた先のところに立っていた。目立つ色だし、あまり目にしないシルエットだったのでつい視線を伸ばしたら、ぱちり、と交って反射的に目をそらした。目が合うこと事態は町のなかで相手がおじさんでも保育園児でも女子高生でもよくあることなんだけど、不思議なもので、何故だかずっと視線を感じる。むこうに気づかれないように気を付けながら様子を伺えば彼は隠すふりもなく、じっとこちらを見ているのに気づいてしまった。

私は黒髪黒目、彼と違って見た目に目立つところ珍しいところはこれと言ってない。スカートの丈もそれなりだし、ダサい格好はしてないつもりだ。顔だってそんな注視されるほどたいしたものじゃない。むしろ見られると恥ずかしいくらいなのに、この男の子は私の何がそんなにも気になるのだろうか。

もやもや、としながら多少の不快感を抱えて早足に彼の前を通りすぎる。このところ強い風とはまた違う、すう、と掠れるような音がその瞬間耳元で聞こえた。

「うわあ、」

ドサッと普通ではない物音と小さな悲鳴にに反射的に振り返る。見れば、さっきの男の子が地面にへたりこんでるではないか。何を考えるでもなく、数歩戻ると、男の子は私を見上げた。

「大丈夫ですか?」
「あはは、恥ずかしいな」
「立てます?」

何があったのかはよく分からないけど座り込んだままの彼に手を差し伸べる。男の子はありがと、と照れくさそうに笑うと(わわ、天使みたいに可愛い、)私の手を握った。笑顔はふんわりとしているのに、氷水みたいに手は冷たい。立ち上がって、手を離すと、あのー…と上目に聞かれた。

「雷門中の人ですよね?」
「はい、そうですけど…」

彼は私の制服をまじまじと眺めながら頷いた。ああ、さっきみられてたのは制服だったのか、と分かってなんだか恥ずかしくなる。男の子は雷門かあ、と漏らした。たぶん、この言い分から分かるのはこの子がやっぱり雷門中の生徒ではないことくらいだ。

「サッカー強いんですよね」
「はい、今日も練習がんばってましたよ」
「サッカー関係者なんですか?」
「まあ…そうですね、マネージャーをやってます」

ふぅん、とどこか楽しげに相づちを打つ彼の目はさっきまでとはうって変わってぴっと吊り上がった目をしていた。弧を描く口元も天使というよりは小悪魔っぽくゆがんでいる。そんな違和感を感じたのも束の間で「じゃあ、助けてくれてありがとうございました」とまた天使のような微笑みを放って彼は颯爽と去っていった。





え、と声が漏れる。どーも、元気だった?と笑うその笑顔に見覚えがあって、口をぱくぱくさせた。なぜあの、河川敷の変わった男の子がここにいるのか誰かに説明して欲しかった。でも生憎、ロッカールームには天馬も西園くんもいない。彼に会ったのは確か一週間くらい前のことで、出会ったこともその日のうちに忘れてしまうほど曖昧だったのに、鮮明に蘇ってくる。

「俺、転校してきたんだ」
「え、え?」
「隣の隣のクラス」
「じゃあ、同い年…?」
「あはは、その顔サイコー」
「な、」

意地悪な顔で笑う彼は、じりじりと歩み寄ってくる。それをじっと眺めているともう目の前に、それこそ出会ったときよりも近い距離に彼はいた。「逃げねーの?」私が動かなかったのが意外だったらしく首を傾げる。逃げとけばよかった、と彼の手が頬に伸びてきてから後悔してる真っ只中なのに、本人がそういうなんて。

怖くなって目をつぶると、くすり、と笑い声が微かに聞こえた。それと同時にぷに、と頬の肉がつままれる。あいかわらずの低体温。ぷにぷにぷにぷに、この人は人のほっぺたで何遊んでいるんだ。最初はまだよかったけど、そのうちに強くなる力にじんわりと視界が滲みはじめる。痛い、いたい。

「痛いって言ってるでしょ!」
「うわ、怒った」

ぱっと離れた手と入れ替わるようにつままれた頬に触れる。信じられないほどほっぺたが熱い。涙で目が潤むのを泣くものかとぐっとこらえて彼を睨む。それさえも嬉しそうににやりと口を歪めて「あー、ヤバイ」と言う。なにがやばいんだ。

「食べちゃいたい」
「…は?」

目を丸くするってたぶん今の私の目のことをいうんだと思う。この人はやっぱりおかしな人だ。まだ二回しか会ったことのない人間にこんな台詞を吐くなんて。てゆうか、え、え?私のこと?大きく目を見開いてきょとんとしていると彼は更に距離を詰めてようと、足を踏み出してきた。これにはさすがに私も後退る。

「ほんと、最初に見たとき思ったんだよな」
「ちょ、ま、待って」
「雪見大福みたい」

雪見大福すきなんだーと無邪気にいう声のトーンと笑っていない目がマッチしていない。そりゃあ、私も好きだけど。なに雪見大福みたいって、私はそんなに丸顔だったかな?ぐるぐる回る思考も、どんと背中にロッカーの冷たい表面が当たるとぴたっと停止した。

「食べてもいい?」

いい、なんて言えるはずがない。ほっぺたがほわんと赤らむ。とろんと甘ったるい声を使うなんて卑怯だ。サッカー部に入って正解だったな、と聞こえたような気がする。ただの気のせいかもしれない。そんなことも判断がつかないほど、今の私はもう頭が真っ白だった。

長い下睫毛が見える。少し開いた、形のきれいな唇が近づいてくる。その中に赤い舌がちらちら覗いている。ああ、本当にいけない、

食べられる






20120108


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