拓人はいつも私に腫れ物を扱うかの如く優しかった。私が悪いことをしても「もう二度とやるなよ?」の一言で済ませてしまう。私にはそれがどうしても気持ち悪くて、優しくされるのは嬉しいけど私に怒るという行為をしない拓人に苛立ちを感じた。それは昔からの拓人の悪癖で、小さい頃から拓人は私を甘やかしてばっかりだったのだ。お蔭さまで私は我が儘な女の子に育ってしまったし、いつも拓人に頼ってしまう。私はそれがとても嫌で嫌で仕方なかった。

「拓人、お腹すいた」
「そうか、ならシェフが作ったケーキがあるんだが…食べるか?」
「…うん」

現に今だって、拓人は貴重な休みを私を構い倒すことに費やしている。私が眠いと言えば柔らかくて高級そうな毛布を持ってきてくれるし、先程のようにお腹がすいたと言えば何かしら食べ物を用意してくれる。どれもこれも私の好物ばかりだ。
私は腑に落ちないと感じながらも、ついつい流されてしまう。友達はみんな羨ましいと口を揃えて言うけど、私にはどうしても無理だった。だって、端から見ればこの拓人と私の関係は。

「ほら」
「…ん、ありがとう」

下手したら食べさせられること間違いなしなので、素早く拓人の持っていた美味しそうなケーキが盛られているお皿を掻っ払う。生クリームがコーティングされた柔らかいスポンジを頬張りながら、拓人をちらりと見やる。拓人は上品な笑みを湛え、私を穴があくほど見つめていた。

「…拓人、見られてると食べにくい」
「ああ、すまない。美味しそうに食べてくれるものだから、嬉しくて」
「……」

拓人は優しい。まるで産まれたてのひなどりを扱うようにして私に触れる。私を怒らない。私を甘やかす。私はそれが嫌だった。

「拓人、」
「どうした?」
「……もう、やめてよ」
「…何がだ?」
「知らないフリもやめて。」
「……」

まだ三分の二程残っているケーキ皿を机に置いて、拓人に向き合う。拓人は依然と微笑んだまま。私は小さくため息をついて、口を開いた。

「…私を甘やかさないで」
「どうして?これまで何も言わなかったじゃないか」
「それは言うに言えなかっただけ…。拓人、」
「みんなが羨む贅沢な暮らしじゃないか。何処に嫌がる要素がある」
「…拓人」
「現に友達も、羨ましがっていたんだろう?」
「……拓人!!」

違う。私が言いたいのはそんなことじゃない。私はただ。

「…私、ただ拓人と一緒に歩きたかっただけなの」
「……?」
「だって拓人、こんなの主従関係みたいじゃない…私はこんなの、望んでない!」

始めは嬉しかった。私だけ特別視してくれてるのがよくわかったから。みんなの羨む視線や妬みに、優越感すら覚えた。けれど、それは最初だけで幼いながら気付いたのだ。これはおかしいと。異常だと。拓人は私に怒りもしない。拓人の家の執事のように、主人に従順な犬のように、私を甘やかす。私の世話をする。けれど他の子が悪いことをすれば、それはいけないと咎めるしいいことをすればすごいと褒めた。逆に拓人が悪いことをすれば拓人は非を認めすまないと謝った。なのに拓人は私に。

「拓人、」

頬に熱い何かが滴る。私はそれに気付きながら、知らないフリをして、拭うこともせず拓人の目を見つめた。伸びてきた拓人の手を掴んで、拓人が驚いたように目を見開いたのも無視して、拓人に言い放った。

「私を、甘やかさないで。…もう、いいから」

私はもう、一人で歩けるから。

拓人が辛そうに顔を歪めるのを見て、私は力無く微笑んだ。小さく口を開き、早口で「ありがとう」を呟く。拓人はそれに更に顔を歪め、ぽつりと私の名前を紡いだ。私は答えず、拓人の頬に流れる涙を優しく指で拭った。

「私は、」

声が震える。それを気にせず、拓人の目をしっかりと捕らえて、私はまた、ぽつりと情けない声を零した。

「拓人の前でも後ろでもなく、拓人の隣を歩きたかったの」

拓人が、強く私を抱きしめた。


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