バダップと私は幼馴染みだった。小さな頃から私たちは一緒に遊んで育った。バダップが徴兵されてしまうその日までは。
バダップは街の外れのおかしな施設に連れて行かれてそれ以来帰って来なかった。私は恐れもせずによくバダップに会いに行った。秘密の抜け穴を通って誰にも見つからずにバダップに会った。彼は日に日に顔が暗くなって行って、おでこに変なマークを刻まれて、別人みたいになっていた。

「バダップ!」

暗い道を通ってみすぼらしい格好の私はいつものようにバダップを呼んだ。一瞬、彼の赤黒い瞳が私を捉えた気がした。

「もうここへは来るなと言った」
「でもね、バダップ…」
「煩い」
「わたし、バダップに会いたいんだよ、どうしたらいいの」

バダップは少し驚いたような顔をして、それからちょっと唇を噛んで私の名前を呼んだ。なあに、と聞けばバダップはそっぽを向いて「今度」と言った。

「今度、任務がある。俺は80年前の世界に行くらしい」
「80年前?」
「呪文を、解くのだ」
「じゅ、呪文?」

彼の言葉はそれこそ呪文みたいでやっぱり遠くに行ってしまったんだなってそう思った。取り憑かれちゃったようなバダップは続けてこう言った。小さい声だったけど私にはちゃんと聞こえていた。

「帰って来たらお前を迎えにゆくから」




しばらくしてバダップは私のところへ帰って来た。昔みたいな晴れやかな顔をして。80年前の世界で一体何があったの?私の知らない場所であなたは一体どんな気持ちになったの。私はそれを知らぬまま差し出された手にぽかんとしてた。

「来い」
「え?」
「一緒に逃げよう」
「バダップ?」
「逃げよう」

バダップに手を引かれながら私は一生懸命走った。バダップは私よりずうっと足が早かったけど私を気づかってくれてるみたいだった。私とバダップはひたすら走った。走って、逃げて、私たちは行き着いた。町外れの大きな大きな水族館。

「あそこから逃げたらお前をさらって一番にここへ来ようと思っていた」
「どうして?」
「お前と見たかった、この大きな水の窓―…」

私たちの真横を大きな魚が通り過ぎた。たくさんの水の泡に包み込まれてしまいそうだと思った。ずっと、バダップが見たかった景色。私と見たかった、押し潰されそうなほどの数の魚たち。列をなしてするすると泳いで行く。

「俺はもう兵士をやめる。追われたとしても、咎められたとしても戦うことをやめる。そしてお前とまたここへ来る」
「…バダップ」
「お前は俺をあの牢から連れ出してくれた。空の見えない水窓からだしてくれた」
「うん…!」

バダップの逞しい身体が私を包んだ。懐かしいにおいと感覚。ああもう私の欲しかったバダップはここに居るんだ。そう思ったら涙が出てきて、くじらみたいにたくさん泣いた。



水窓
おそらはみえないの

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箱庭」さまに提出しました。

前に某企画さまでつけて頂いた煽り文を使わせて頂きました。とても気に入っております。
素敵な企画に参加させてくださってありがとうございました!

碧.
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