「あ」
「あ」
まさに王道なシチュエーション。図書館に入り浸っている私でも初めての体験だ。
本を取ろうとして伸ばした手は、同じく伸びてきた手によって進行を遮られた。さらにすごいぞこれは、なんと指先が彼の手にツン、と触れてしまった。
私は内心慌てながら、それでも冷静に見えるようにゆっくりと手をひっこめた。彼はどちらかというと大人しい人が好きらしい、と友達から聞いた。
「ごめんね源田くん」
「いや、こちらこそ」
同じクラスの源田くん。爽やかな笑顔、優しくて面倒見のいい性格、同年代にしては大きな身体。女の子の好きなタイプがばっちり当て嵌まった男の子だ。
「源田くんってこういうの好きなの?」
神話や宗教関係の本棚が並んだここはなんだか彼に似合わない気がする。いや人の趣味に口を出すのはよくないか。
「あ、ああまあな。好き…だな」
「へ、へぇ」
好きという言葉に勝手にドキドキしてしまった。私にむけた言葉じゃないのはわかっているのに。ちょっぴり切なくなった。
私は別にどうしてもこの本が読みたかったわけじゃないので、彼にゆずることにした。
「源田くん、先に借りていいよ。私また今度にするから」
「いや、俺も急いでるわけじゃないから、」
二人で遠慮しあっているうちに、おかしくなって小さく笑いあった。こんなにリラックスして話すのは初めてかもしれない。
「じゃあ俺が先に借りさせてもらおう」
「うん、あ、私ほかの本借りるから源田くんの貸し出しカード持ってくる」
クラスに分けられたカード入れをガサゴソと漁る。自分の分と源田くんの分を取り出して、ちらりと何気なく源田くんのカードをみた。思わず凝視してしまった。
「ねえ源田くん」
「ん?」
昼休みももうすぐ終わる5分前。廊下を歩きながら私は源田くんを見つめた。
「源田くんのカードみたんだけど、私が今まで借りてきた本がいっぱい被ってたよ。すごいね、私たちって趣味があうのかも」
ぴたりと足を止めた源田くん。どうしたんだろうと振り返ると、微笑をやめて真面目な顔をしていた。心なしか顔が赤いような。
「どうし、」
「知りたいか?」
「え?」
「なんで俺が今日、この本を借りようとしたのか」
「う、うん」
「今までの、お前の貸し出し記録をみたからだ」
「ぅえ?」
「……、わからないか…」
目を泳がせて、それから覚悟を決めたようにこっちを見つめる源田くんにさっきよりも心臓がはねた。
「お前が好きだ」
だから、お前のことが知りたくて、同じ本を読んでみた。今日はあの棚に近寄るのをみて思わず体が動いてしまったんだ。
つまりそれは、期待していいよね?自惚れじゃないよね?
「私が図書館にいるのはね」
窓から見えるからだよ。中庭でサッカー部のみんなとお昼を食べる源田くんが。
手をつないで戻った私たちをクラスメイトたちが冷やかしたのは言うまでもない。