「アー兄は、いくつなんですか?」

 悪魔に寿命はないと聞いたときから、それを思い出しては気になっていた。そういえばと記憶を辿ると、私の中のアー兄はずっと、今のアー兄だ。今も昔も何も変わらない。
 横でしゃがんでいたアー兄は、こっちを見ながらゆっくりと立ち上がった。少し上になった目を追って斜め上を向く。アー兄はいつも通りに無表情だ。

「わかりません」
「じゃあ、何年くらい前から…いたんですか?」

 アー兄は頭を傾け、記憶を探しているみたいだ。私はじっと見つめながら、話しだすのを待つ。だけど、アー兄は頭を傾けたまま動かない。
 そんなに思い出せないくらい大昔のことなのか?
 二十秒程経っただろうか、アー兄は傾げていた頭を戻して口を開いた。

「若が産まれるずっとずっと前です」
「ずっと?数十年前ですか?」
「…数百年前かな」

 桁違いで訂正してきたアー兄をまじまじと見る。アー兄はまじまじと見ている私を見つめ返す。
 まず桁が違うのか。最近は外見年齢が近づいていたから、そういう意識が薄れていたが…改めて考えてみると凄い違和感だな。数百歳、数百……じいさまじゃないか。それにしても皺一つないよな……

「アー兄は、アー爺だったんですね」
「アージイって何ですか」
「おじいちゃんの“じい”とアー兄の“アー”でアー爺です」
「はあ…」

 「アー爺」と呼ぶと、アー兄はどこか嫌そうな顔をした、ような気がする。

「嫌ですか?」
「嫌です」

 はっきりと返ってきた言葉を、少し残念に感じる。
 語呂的にはぴったりだったのにな。アー爺、こっそり使ってたらキレるか?っていうかアー兄、年齢的にはじいさまなのに……悪魔は老けないのか?

「ずっとそのままなんですか?」
「そのまま?」
「体、変わらないんですか?」
「…記憶の中のボクは、ずっとボクですね」
「ずっと、……」

 下を向いたらアー兄のネクタイが、少し曲がっているのに気付いた。もそもそと位置を直す手を、アー兄はじっと見ている。今日のネクタイはドット柄だ。
 アー兄の体は変わらない。それは寿命のない身体だからだろうか。悪魔は、みんな変わらないのか?メフィ兄もずっと変わらないし…いや、メフィ兄はいいや今はおいとおこう。私は、悪魔だけど変わってる。成長している。これは、どうして

「アー兄」
「はい」
「わかは悪魔じゃないんですか?」
「悪魔ではないのですか?」

 アー兄は即座に質問返しをしてきた。
 私が教えてほしいんですけど。ああ、でもそうか、私は人間から産まれた子らしいからアー兄達とは違うのか?寿命のある人間と、ない悪魔。私は寿命のある悪魔………?

「このまま成長して、年をとって、死ぬんですかね」
「誰がですか?」
「わかがです」

 アー兄は再び首をかしげる。

「若は、死んでしまうのですか?」
「おそらく」

 アー兄は少し間を置いて、かしげていた首を戻した。そして手のひらをポンと叩く。

「そしたら、死ぬ前にボクが殺してあげます」

 そう言うアー兄の目は、キラキラしてるように見える。
 あげますって、アー兄、そんないかにも名案ですみたいな顔で何を言うかと思ったら…
 私はアー兄を見上げながら惚ける。アー兄は気にせずにそのまま言葉を続けた。

「ボクはこれからも死にません」
「誰かに殺されるかもしれませんよ」
「それで若が生まれ変わったら、ボクがここに連れてきます」
「誘拐じゃないですか」
「そしたらまた遊べますね」

 かなり不確定要素が強いことを、アー兄は事もなげに言い放つ。その言いざまを見ていると、本当に出来るかのように思えてくる。
 というかそれってわざわざ殺す必要はないんじゃないか?……でもまあ、もし生まれ変わったとして今の記憶はないだろ。それなのにこんな無表情の悪魔に攫われたら…いやそもそも

「普通の人間かもしれませんし、人間じゃないかもしれませんよ」

 そう言うとアー兄は「ウーン」と唸った。

「…そうですね、興味のもてないような人間だったら殺します。人間以外の形をしていたらペットにします」
「殺すって、ていうかペット…」

 アー兄はいつもの顔で私を見て、至極、勝手なことを言い放った。

「何回でも迎えに行きます。だから若もまた、ボクを楽しませて下さい」

 言い終わったアー兄は私をじっと見る。その顔はどこか楽しそうにも見える。
 口元が緩みそうになるのは、私も満更嫌ではない、ということだろうか。
 私は湧いてくる思いを抑えながら、アー兄を挑発するようにニヤリと笑う。

「わかの生まれ変わりに殺されないで下さいね」



(一度といわず何度でも)



end





燐とか、そこらへんどうなんだろう。






モドル








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