「若、いる?」
雪男は控えめにドアを叩く。出来ればいないでいてほしいと、切に願いながらじっと待つ。しかしそう願うときほど期待通りにいかないことが多い。部屋の中から聞こえた音に、雪男は酷く憂鬱になった。音はすぐそばに迫り、ドアからちょんまげ姿の日吉が顔を出す。
「どうした?」
部屋で寛いでた感満載の日吉は、突然の訪問者に不思議な顔をする。
雪男は日吉を目の前にして、自分の弱さに奥歯を噛み締めた。頬が引きつり、笑顔を作ることも出来ない。
日吉はそんな雪男をますます不審に思う。
「何か、あったのか?」
普段見せない様子に、日吉は心配になる。片足だけ突っ掛けたサンダルを両足に履きかえて、日吉は雪男に一歩近づいた。
雪男はその距離に無意識に後退り、それにより日吉の眉間に軽く皺が出来る。
重い空気が二人の間に流れる。
「若、あ、す、」
やっと口を開いたと思ったら、意味を持たない言葉を並べて雪男はまた黙ってしまう。どんどん険しくなっていく雪男の顔は、まるで誰かを呪い殺すかの形相だ。顔が険しくなるにつれ、顔の色も徐々に赤くなってくる。雪男はそれを隠すかのように、唇を噛んで下を向いた。
「雪?」
俯いてしまった雪男を、下から覗くようにしてまた近づく日吉。
それに気付いた雪男は顔をバッとあげ、日吉の両肩をつかみまた距離をあけた。
連続して避けられ戸惑う日吉に、雪男はしまったという顔をして目をそらす。
もうあとが無いと判断した雪男は、すぐに視線を日吉に戻した。
「若!」
切羽つまった声に、日吉は焦点を雪男に合わせ直す。いつも見せる柔らかい目元とは打って変わって、真剣な目をする雪男に、もしかしたらよからぬ知らせなのかと日吉は身構えた。
そして雪男はゆっくりと、喉に突っ掛かっていた言葉を、絞りだそうとする。
「あいっ…ら、ら…」
「あいら?」
しかし途中で止まってしまう。雪男は肩を握る力を無意識に強くし、ぎゅっと目を閉じて俯いた。
日吉は雪男の左腕を右手で握り、またそっと近づく。頭と頭を合わせ、熱を共有する。
一分、二分…、時間が静かに過ぎていく。
誰もいない廊下に二人の呼吸音だけが聞こえる。
その中で日吉が呟くような小さな声で、ひっそりと話しだした。
「雪、明日、…空いてる?」
「え?」
「空いてないのか?」
「いや、…午後なら」
「じゃあ付き合え」
「…何に?」
「ナイショ」
「何するのさ」
「明日教える」
「いい予感しないな…イテッ腕つねんないでよ」
日吉との会話で張り詰めていた空気が弛み、雪男はいつの間にか緊張が薄れていることに気付く。雪男は顔を上げ、日吉の肩から手を下ろした。そして腕を握っていた日吉の手を、今度は雪男が握る。
「若」
「何だよ」
雪男の顔の険しさがなくなり、日吉の顔を真っ直ぐに見つめた。雪男は日吉の手を両手で握り、ぎこちなく微笑む。
「好きだよ」
二人の顔が、あかく染まった。
(愛してるなんて、まだ言えないけど)
end
これは雪男がシュラ姉に賭け勝負に負けたっていう、裏設定がほんのりとあります。雪男はあいらぶゆーとか言えなそう。影で雪男を見守っていたお姉ちゃんは、なんかいろいろ見れて上機嫌で帰りました。
モドル