その夜は蒸し暑くて、世間は不快指数の高い空気で満ちていた。
「うえー、む、蒸し蒸しする、ね、寝れない‥。」
午前1時20分、トオルはアパートの自分の部屋で、布団に横になりつつも、寝つけずにいて、へたばっていた。
残念ながら、開けられている部屋の窓からは、温い微風が室内に入るばかりで、空気の入れ換えにもならない。
ちなみに、トオルの部屋には、ちょっと旧型だがエアコンがちゃんと設置されてある。
しかしトオルは、旧型の、あまり省エネにならないエアコンだという理由で、電気代を渋るという方針があり、睡眠中は無駄と決めてスイッチを入れようとしなかった。
(今夜の暑さは異常だ‥。)
と思ったが、やはりエアコンは使わない。
(絶対使わねー。)
もう意地である。
午前1時35分、いまだ眠れず。
その時だった、見上げる天井の、いや更に上の方から、とても大きな容量の悪魔が近づいてくる気配を感じた。
深夜の来訪者である。
「あ、あーさま?」
それは、今やよく知る、アマイモンの気配だった。
気配は上方からあっという間に近づく。
そしてアパートの屋根が1度カタンと小さな音を立てると、黒いシルエットが窓の外に舞い降りた。
トオルは起き上がって窓の外を見た。
人影が窓際に近づいた。
「トール。」
名を呼ぶ声がポツリと響いた。
「こんばんは、あーさま!
て、こんな時間にどうしたんですか!?」
薄暗がりの中でも、トオルの目はアマイモンの姿をハッキリと映した。
「暇なので、兄上の遣いをしています。
そう、だからトールも行きましょう。」
言うとアマイモンは、窓際に来たトオルに紙切れを差し出した。
トオルは紙切れを受け取って見る。
「‥ゴリゴリくんソーダ味。」
読み上げたら、アイスの名前で、本当にお遣いのようである。
「ゴリゴリくんがどこにあるのか、トールは知ってるのでしょう?
だから行きましょう。」
アマイモンに言われて、トオルはマスターキーと手提げ鞄を持った。
「あ、あーさま、わたし着替えます。
いくらなんでもこれ、」
「トールは服を着ているじゃありませんか。
早く行きましょう。」
アマイモンがトオルの言葉を遮るように急かした。
「う、わかりました‥。」
トオルはすぐに折れて、そのまま出かけることになった。
(ジャージのハーフパンツとキャミソール‥、めちゃめちゃ部屋着だよ‥。)
コンビニに行く程度の事だから、仕方ないと思うことにした。
靴下だけはと素早く履き、トオルはアマイモンと共に、深夜のお遣いへと出かることにした。
「ゴリゴリくんはどこですか?」
アパートの前に立ち、アマイモンが尋ねた。
「この時間だとコンビニですね。
この近くには無いので、鍵でコンビニ近くの、どこかのドアに出れるか試してみましょう。」
トオルはアパートのドアに鍵を差して、目的の場所を想定してから開けた。
ドアの開く音、扉の向こう側は、建物隙間のような場所の狭い路地だった。
路地の少し先に、幾分広い道と灯りのような光が見えたので、トオル達はそちらへと歩み出した。
路地を出たら、街灯があるだけの深夜の街だった。
幸いにも数十メートル先にコンビニの看板が出ていて、トオルはすんなり進めると安堵した。
「夜の街は、意外に明るいのですね。」
不意にアマイモンが言った。
「夜といっても、電気が通っている場所は灯りがありますし、24時間営業のコンビニとか、飲食店に歓楽街やら、色々ありますからね。
なんだかんだで、人間がはびこってます。
あ、でも悪魔の姿も、昼より大胆な位置に出てますね。」
暗い路地を視て、トオルは小さく笑んだ。
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モドル