あついあつい、初夏の陽気。今日は特別あついみたいだ。それは君が、僕といるから。












 夏の始まり。既に太陽はその驚異を振るっている。携帯でニュースを見ると、暑そうにうちわで扇ぐサラリーマン。お天気お姉さんは「今年の最高気温となっております」と爽やな笑顔だ。


 任務中止との連絡が朝に入った。それまで埋まっていた予定が空いた。兄さんは勝呂君達と課題をやるから出掛けると言う。来るか?と誘われたけど、水を差してはいけないと断った。そういうわけで今は寮の空調のきいた部屋に一人きり。学校の勉強が最近おざなりになっている気がしてた所での好機だった。机に教科書とノートを広げて取り掛かる。僕の意識は机上に縛られる。


 復習に一区切り付き何気なく時計を見る。あと十分で正午になるところだ。手を上で組み、背もたれを頼りながら思い切り伸びをする。腕を下ろすとじわじわと血液の流れを感じる。もう一度時計を確認し、軽く何か食べようかと立ち上がった。




「おはよう」




 それは有り得るはずの無い幻聴だ。この部屋に僕以外いるはずがない。誰かを通した覚えも無いし、来るような約束をした記憶もない。起床時に整えたはずの布団。その上に人の形の幻覚がみえる。さらに言うならばその色素の薄い髪色は、隣人のそれとそっくりだ。眼鏡を押し上げ目頭を押さえる。(疲れてるのかな…)ゆっくりと数回揉んで手を下ろす。



「驚いた?」



 幻は幻ではなかった。うつ伏せに寝ながらSQを見ていたらしい。前髪が邪魔だったのか、頭の上にピンで止めてある。いたずらが成功したかと見上げ伺う目が丸見えだ。普段隠れてるおでこも丸見え。ついでに尻尾も丸見え。背中もそのせいで捲れてる。(…シュラさんが選んだのか?)今は見えているデニムのショートパンツは、立ち上がったらふんわりとした雰囲気のキャミソールにほぼ隠れそうだ。何も履いていない素足が、涼しげに見える。



「…いつからいたの?」
「結構前から。ノックしたけど反応なかったから」
「嘘」
「…聞き取れるくらいは音してた」
「…それ、したって言うの」
「言うの!で、鍵かかってなかったから入った」
「そっか…」



(まあ今更、か)返事が無かったら入るのやめようよとか、鍵かかってなかったからって何で入るのさとかは、飲み込んだ。その代わりにゆらゆらしている尻尾を軽くはたいた。



「ぃたっ!」



 尻尾を瞬時に引っ込ませながら睨まれるが、気にせず靴を履く。お昼食べる?と声を掛けたら起き上がった。サンダルを履き廊下に出る前に尻尾を隠す。念のためだろう。ドアを閉め、食堂まで二人並んで歩く。



「雪が作るのか?」
「作れないの知ってるでしょ」
「なんだ、バカにしてやろうかと思ったのに」
「…若だって出来ないくせに」
「お菓子なら作れる!」



 食堂につき扇風機の電源を入れる。そして何か無いかと探る。冷蔵庫のなか、戸棚のなか、お鍋のなか。(あ、トマトスープだ)



「雪、これは?」
「え?」
「これ」



 若が両手でそれぞれを持っている。それは有名なカップ麺のまっかな狐とまみどり狸だ。あれば便利かと思って前に兄さんと安売りしてた時に買ったんだった。



「インスタントのうどんとそばだけど」
「インスタント……これが」
「……、もしかして、食べたことないの?」
「……メフィ兄が似てるの食べてて気になったけど“これこそ日本の文化が〜”って話し長かったから帰った」
「…そう」
「これ食べたい」
「じゃあ、…水沸かそっか」



 ヤカンを取出し水を入れ、火に掛ける。(あついな…)若は興味深そうにまっかな狐を見ている。僕はまみどり狸のプラスチック包装を破り捨てる。それをテーブルに置いてまた冷蔵庫を覗いた。



「麦茶か水か牛乳、どれにする?」
「………麦茶」



 コップに氷を入れたものを二人分用意する。そこに冷たい麦茶を注ぐ。椅子に体育座りをした若は、狐はもういいのか今度は狸を見ている。置かれた狐を手に取り包装を破り捨て、目の前の席に座る。コップを持つと水滴で手が濡れた。



「沸いた」



 ピーッと鳴りながら蒸気を出しているヤカン。火を止める。若も気付いたのかこっちを見ていた。取り敢えずヤカンは置いておきテーブルに戻る。カップ麺の蓋を半分くらいまで開け、中から粉末スープを取り出し中身を麺のうえに出す。僕の行動に若も続いた。そして空になった袋をごみ箱に捨て、ヤカンに向かう。



「入れる」
「…気をつけてね」



 ヤカンを手にしようとして止められた。初めてだから自分でやりたいんだろう。ヤカンを持ちテーブルに向かうのに後ろからついていく。



「線わかる?」
「これだろ?」
「うん、そう」



 ぴったり線までお湯を入れる。若はヤカンをコンロに戻しにいく。僕は蓋を閉める。扇風機の風が気持ちいい。戻ってきた若は目の前の席に座って麦茶を一口飲んだ。カランと音がする。水滴が手を伝って腕までたれてくる。コップを置いてある場所には水溜まりが出来ていた。



「どっちにするの?」
「………迷い中」



 真剣な表情で交互に見つめる。その眉間には力が入っている。(あついな…)カップをくるりと回してみたり、上から見てみたり。うーん、て唸ったりしてる。案外見ていて飽きない。



「そろそろいいんじゃない?」
「……雪はどっちが好き?」
「僕は…どっちも、かな」











モドル








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