星空がきれいな、晴れた夜だ。







“わかー、鬼ごっこしよ!”



よい子はとっくに寝ているであろう、深い時間。
それはネロにとって、外で思いっきり遊べる、楽しい時間。



「ああ、もうそんな時間か」



チラリ、と日吉は自室の置き時計を見る。
時刻は午前に近い。



“何分?”

「んー、5分?」

“よーし、今日はわかが鬼ー”



ここでの鬼ごっことは、時間制限つきの追い掛けっこである。

時間以内に捕まえたら、鬼の勝ち。
捕まえられなかったら、鬼の負け。

この捕まえる、というのは一般的なタッチではない。

逃げるものを取り押さえ、身動きを封じて捕まえたとするのだ。

要は制限時間以内に取り押さえれば、勝ちなのだが1つだけ、注意事項がある。
それは


『ニンゲンにみつからないこと』


どちらも見つかったら失格負けである。

余計な混乱を防ぐためのルールである。

しかし、ニンゲンに見つからないということは、建物や地形を変形させない、ということにも繋がってくる。

力の加減を知るためにも、なかなか役に立つ遊びなのだ。



日吉は静かに廊下に出て、音を立てないように鍵を閉めた。

こんな寂れた寮に入る泥棒も何もいないだろうとは思ったが、念のためというものである。
それにしても、この古い鍵にどれほどの防犯性があるのか疑わしいが。

日吉とネロは音を立てずに、屋上に向かい歩く。




錆付いて重くなったドアを軋ませ開けると、満点の星空。

日吉はドアを後ろ手に閉め、仰ぎながら、ゆっくりと見回す。






「…きれいだな」





“わか!いくよー”

「ああ」



ネロは星には興味が無いのか、フェンスの上に立ち日吉を急かす。

日吉はフェンスをひらりと飛び越え、淵に立つ。



“今日は勝つ!”



気合いを入れて飛び出したネロを見やり、それと同時に起動させたタイマーを、ボタン付きのポケットにしまった。



日吉はコンクリートを蹴り、屋上から近くの建造物に飛び移る。
建物の上を渡り走り、既に遠いネロを追う。

小さい標的を見逃さないように、差をどうやって埋めるか日吉は考える。

ネロの向かう先を予測しながら、徐々に、距離をつめていく。

隙はないか、気を張り詰める。












開始から暫く経った頃、日吉たちは人気のない場所にいた。

いつもとは違う世界へ、迷い込んでしまった。



(メフィ兄の中、かな…)



それはメフィストが侵入者のために用意していた、特製の結界空間だった。
今回は雑居ビルが延々と立ち並ぶ空間のようだ。
戻る場所のない、永遠的な世界。
出口を見つけだせなければ、ここで朽ちるのみである。



鬼ごっこで迷い込むのは、これが初めてではなかった。

むしろ高確率で迷い込んでいる。

大方ネロが逃げるのに、どこか重要な建物の近くに行ってしまったのだろう。
もうネロも日吉も慣れたものである。

そしてここにはニンゲンがいないということを知っているため、鬼ごっこが段々にエスカレートしていく。

鬼ごっこのルールに、攻撃をしてはいけない、という項目はないのだ。




ネロは道路からビルの壁にかけ上がると同時に、巨大化し、後ろ足でコンクリートを抉り飛ばす。

日吉はそれを最小限の動きでよけながら、追い掛ける。

巨大化し的が大きくなったと日吉は、腰に付けていたベルトから、投剣を取出し、ネロの足元にめがけ放った。

しかし、それは寸でのところで外れてしまった。


(クソッ、次は)






リリリリリリリリリッッ!!






投げようとした瞬間、タイマーが大音量で鳴り響き、終了を告げる。
両者ともにそれに気付き、速度を緩める。



“ハッ、ハァッハァ、…、か、勝った、ハァッ……”


「ハァッ、負けっ、た…」



終了とともに元の大きさに戻ったネロは、尻尾をピンと立てて、嬉しそうにしている。
それとは逆に、悔しそうな顔をしている日吉。

双方とも5分間の全力疾走で息が乱れているようだったが、ほんの数秒で日吉もネロも、呼吸を整えてしまった。

残っているのは滲み出た汗くらいである。



「取り敢えず、出るか」



日吉はTシャツの襟を掴みパタパタと風を送りながら、周りを見た。

どこまでも続くビルの並びに、見慣れた正十字学園は見られない。



(今回は、何処が…)



日吉は目をつむり、僅かな違和感を探す。







「こっちだ」


パチッと目を開き、何かを感じたのか、日吉は真っ直ぐそれに向かって歩く。
ネロはそれに黙ってついて行く。



1分程歩き、立ち並ぶビルの中の1つの裏口の前で止まった。

日吉はネロを持ち上げ、肩にぶら下がらせる。

そしてドアの鍵穴に人差し指を付け、小さな炎を指先に灯す。

すると、空間がぐにゃりと溶けていった。











「おやおや、こんな夜更けにお出掛けとは…感心しませんね」


メフィストは窓際の椅子に座り、お茶をすすりながら深夜の訪問者を迎えた。

ここは彼の部屋である。




「メフィ兄、ビル街の結界壊しちゃいました」



しれっと日吉が事後報告をすると、メフィストは渋い顔をする。

しかしそのことについてはすでに諦めているのか、「しょうがないですねぇ」と言って、書類に目を通し始める。

日吉は勝手知ったる兄の部屋で、自分とネロの分の飲み物を用意する。


ソファに腰を下ろすと、力が抜けて、体が沈んでいくのを感じる。

深呼吸をして疲労を慰め、カップに口をつける日吉に、顔を書類に向けたままでメフィストは結果を尋ねる。



「今日はどちらが勝ったのですか」



「…ネロ、です」



日吉の悔しそうな口振りがおもしろいのか、メフィストは口角を上げる。



「そうですか、若もまだまだ、ですね」



それをチラリと視界におさめると、更に悔しい気持ちが膨らんでいくのを日吉は感じた。


我関せずとひたすら喉を潤すことに専念していたネロは、満足したのか日吉の膝に上り、寝転ぶ。

そして日吉はネロを少し撫で、意気込んだ。



「次は勝ちます」
“次も勝つー!”



しかしその意気込みもむなしく、即座に返される言葉に、メフィストはついに声をもらし笑う。



「クククッ、そうですね、期待してます☆」



それはどちらに対しての期待なのか、日吉は複雑な気持ちでまたネロを撫でた。




(メフィ兄なんて、下剋上だ!)







モドル



最後はメフィ兄で下剋上です。
久しぶりに言ったな下剋上。


↓その後


ガチャ


「あれ、若だ」

「アー兄」

「ネロもいるんですね」

「お前たち、今何時だと思ってる。こんな時間に集まってまったく…」

「(無視)若はなんでいるんですか」

「鬼ごっこしてて結界に入ってしまったんです」

「ずるいです、僕も鬼ごっこしたいです」

「アー兄とやると町が壊れるからイヤです」



そんな深夜の兄弟たち^^







モドル








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