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「…そういえばお前、なんであんなところに居たんだ?」
街道からラントへの帰り道に、三つの影が伸びている。日は暮れ、あたりはオレンジ色に染まっていた。
ふと、アスベルが話を切り出した。
ぎくりと肩を揺らし、言い訳を考える。
今までの経緯を話すには長いし、かといって嘘をつくのもよくない。
「み……道が……わからなくなっちゃって?」
「なんだそれ。変なヤツ」
精一杯の言い訳を、くすくすと笑うものだから、恥ずかしくなってきた。
彼らにとっては普通でも、外に出たことなどないに等しい自分には分からないのが当然だった。
「ラントから出るのははじめて?」
フォローを入れるように、ヒューバートが顔を覗き込んできた。
「う、うん………それ以前に、家から出るのがはじめてに、近いの」
「そうなのか?どっか体悪いとかか?」
「あ、ううん。違うよ。ふつう。」
「じゃあ、なんでさ」
はた、と足が止まる。
二人が振り返ってきょとんとしているが、クロリは空を見上げて考えだした。
焦ったヒューバートに小突かれ、アスベルが謝っているが、謝られるほどの理由はなかった。
物心ついた頃から外に出たことはほとんどない。それ以前に、なにかあっただろうか?
「なんで、だろう……外に出る理由、なかったから……出たいと、思わなかった」
声色も変えず、ぽつ、と話し出す。
ラントまであと少し。
なんとなく、惜しい気もした。
「なんだ、お前友達いないのか?」
「ちょ、ちょっと兄さんっ」
笑いながら核心をついてくるアスベルが、あまりにも純粋で、なんだか面白い。
確かに、友達といえる人はいない。
「友達とか、よくわからない。誰かと話したことも、あんまりないの」
「そっか…じゃあ、俺たちとクロリは今日から友達だ!」
「へ?」
目が点になったというのはまさにこの事だろうか。
予想しなかった言葉に驚いて、思わずまた足が止まる。
「…ともだち…私が?」
「そうだよ。友達はな、困ったときは助け合って、嬉しいときは一緒に笑うんだ。難しいもんじゃない」
ともだち、と心の中で復唱して、胸になにかがじんわりと生まれた気がした。
これはなんだろう。嬉しい、とはまた少し違う、もっとあたたかいもの。
ヒューバートが微笑んで、きゅっと手を握ってきた。
「僕も…友達になってほしいな、クロリさん」
「あ、ありがと…でも外、出ないよ?」
「それはさ、理由がなかったからだろ?これからは、俺たちと遊ぶために出ればいいんだ」
「そう、かあ……うん、ありがとう」
アスベルとヒューバート、二人の頭をゆるりと撫でた。
子供扱いするなとアスベルには怒られたが、それも嬉しくて、笑った。
それを見た二人が、また照れるように顔をほんのり赤く染めた。
クロリの、心からの笑顔。
ふんわりした優しい表情で、あたたかい。
「ほ、ほら、行くぞ!」
真っ赤な顔で、アスベルがぎゅっと手を握ってきた。
きょとんと首を傾げると、また迷子になるといけないだろ、と言って手を引いて歩いていく。
「素直じゃないんだから、兄さんは」
「う、うるさいな!」
ヒューバートがくすくすと笑って、クロリの反対の手を控えめに握った。
こちらもぎゅっと握り返せば、花みたいに彼が笑う。
そうして三人で手を繋いで、笑いながら歩いていくと、目の前にはもう門があった。
「よし、ついたな。じゃあクロリ、俺たちはもう帰るから、また明日な」
「明日?」
「そうだよ、この広場で待ってるからさ」
「うん、」
じゃあな!と急いで二人が町の奥へ走っていった。
きっと門限が近いのだろう、微笑みながら見送って、家に入ろうとしたその時、ぶわりと冷や汗が流れた。
「あ」
忘れていた。
すっかりと忘れていた。
恐る恐る家に入ると、案の定母は鬼のように怒っていて、「明日は私が絶対に連れて行くわ」と叱られた。
明日から、やっぱりメイドにならなきゃいけないんだ。
せっかく友達ができたのに。
でも、たった1日話しただけだ。
友人の多そうな彼らが、ちゃんと覚えてくれているかどうか。
遊べない、と明日広場で言うことにして、大人しく母の小言を聞いた。
(ヒューバート…)
優しい子だった。もうあまり会えなくなるだろうか。
兄に振り回されながらも、兄が大好きなのが見てとれた。
小動物みたいな子だったな、とぼんやり考えて。
(……アスベル。)
じんわりと、その名前をかみしめる。
友達だと言ってくれた。
繋いでいた手のぬくもりと感触がまだ残っていて、クロリは頬を少しばかり赤らめた。
この感情がなんなのかはわからない。
ただ初めてできた友達を、想った。
(また明日、)
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