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「はあ……」
大きく、溜め息をこぼした。
昨日の話を思い出しては、落胆する。
メイドなんて出来るわけがない。
人とまともに話した事など殆どないのに。
その上外に出るのは久しぶりで、空気が息苦しく思える。
こんな状態で出来るとは到底思えない、そう何度も母に訴えたが、ただ笑顔を返してくるだけで無駄に終わった。
いつもそうだ、母がちゃんと聞いてくれたことはない。
彼女が、私が引きこもっていることを咎めてくるような事はなかったが、将来のためにと礼儀作法などを叩き込まれた事がある。
何を考えているのか分からないが、なにかを押し付けようとしているのはなんとなくだが感じ取れた。
「貴女が将来幸せになるためよ」なんて、口癖のように言うけれど。
その幸せだって、私の幸せではないかもしれないじゃないか。
はあ、とまた一度、溜め息をついた。
しかし、何故誕生日という特別な日に祝福を受けず、拷問のようなことをしなければならないのだ。
「や、やっぱり、無理…っ」
ラント家を目の前にして、怖さが急に襲ってきた。
無理だ。
知らない所で知らない人、しかも領主というすごい人がいるのにそこで働くなんて。
感情が爆発しそうになって、思わずラント家と逆の方向に走った。
人が居ない場所に行きたい、だけど家に戻れば母が居る。
ならばもうなんでもいい、とにかく走るんだ。
ふと、周りを見渡す。
そこには花が咲き乱れていた。
知らない場所だ。
振り返れば、町はもう見えない。
随分と遠い所まで来てしまった事を後悔したが、今はただ、息がしたかった。
ゆっくり息を整え、改めて前を見た。
(……きれい)
はじめて見る外の世界は、本で見るよりも遥かに美しく輝いていた。
木々も草花も太陽の光できらきらとひかり、穏やかな風に揺られている。
一歩、二歩と歩けば海が見え、一本の大きな木が向こうで存在感を放っていた。
木の近くまで歩き、触れてみる。
強い生命力を感じた気がした。
(この木は、生きてる)
ひっそりと誰も知らない場所に、堂々と生きている。
自分とは大違いだと思った。
どうして自分は引きこもって、母の言いなりになっているだけなのだろう。
それでも、それを断り逃げ出すだけの勇気はない。
これ以上、外に出たくなる事もきっとない。
風がすっと流れていった。
そのまま自分もさらってくれればいいだなんて、くだらない事を思った。
(…帰ろう)
花畑を後にし、案内板を頼りに町まで戻ることにした。
街道をまっすぐ進む。
辺りはもう夕日でオレンジ色に染まっていた。
早く帰らねば、母に叱られる。
ようやく町が見えてきたところで、なにか違和感を感じた。
急にぞっと悪寒が走る。
神経を研ぎ澄まし、聞こえてくる小さな物音を辿ると、何かの唸り声のようなものが聞こえてきた。
ぶわりと冷や汗が出る、動こうとしてもなかなか進めない。
「わっ、あ!」
目の前に飛び出して来たのは、人ではないなにか。
頭の中がこんがらがった。
きっとこれは本で見た、魔物だ。
「や、やだっ…!」
じりじりと歩み寄ってくる魔物。
どうしたらいいのか分からない、ただ怖くてたまらない。
バッと襲いかかってくる気配がしてたまらず目を閉じた。
(もうだめだ)
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