「うう……ん。」


毛布の中で寝返りを打つ。

もう昼だと言うのに、未だにベッドから離れられない。
窓もカーテンも閉め切った、電気もつけない薄暗い部屋の中。それでも差し込んでくる僅かな光を鬱陶しく思い目を細めた。

生まれてからというもの、この家から出たことなど指で数えられるほどしかない。

微かに聞こえる子供達のはしゃぎ声。
それに混ざりたいと思いながらも、外に出るのは億劫だった。

ふいにノック音が扉から聞こえて、動くのも億劫なクロリはベッドから返事をした。

「…おかあさん…なんですか」
「クロリ、クロリ。ちょっと下まで来なさい。話があるわ」

何故わざわざリビングまで降りなければならないのだ。いつもはドア越しに用件を伝えて帰るのに。
そう思いながら、重い体をゆっくり動かす。ボキボキと鳴る体を伸ばし、深呼吸をひとつ。

ああ、今日も、なにもない。


階段を降りれば、母がテーブルについていた。
ニコニコ、と言うよりはニヤリとした気持ちの悪い笑顔でにこちらを見ている。
なんだか嫌な予感がする、少し身が引けたが、大人しく自分もテーブルについた。

紅茶を飲み、一息つく。
母はじっと私を見つめ、喋り出した。


「クロリ、あなた明日誕生日じゃない?それで、プレゼントの事なんだけど…」
「本がいいです。」

きっぱりと返事をした。
これは昨日もした話だ。

「どうしても?」
「…どうしてもです。」

強気な母に意見をするのは怖かったが、それでも何が欲しいと聞かれれば本しか答えは出なかった。

自分の知識を作っているのは本だった。
小さい頃から読み続け、そこから文字を学習し、世界の知識を覚えた。
そこにえがかれた景色や物を実際に見たことは殆ど無いに等しいが、それだけで十分だと今は思っている。

「そう、じゃあこれにサインをして」
「…?いいんですか?!」

クロリの表情が、ぱあ、と明るく変わり、うきうきと紙にサインをしだす。

これで欲しかった本がまたひとつ揃う。
それを考えると嬉しくてたまらなかった。
すっとサインを書き終え目を母に向けると、にこりと笑うものだから、ありがとうと言おうと口を開いた。
が、

「はい、おめでとう。明日から貴女はラント家の奉公人よ。」

母がひらりと紙を表にすると、そこには契約書と書かれていた。


「……はい?」


耳を疑った。


顔をひきつらせながら、もう一度、と促した。
満面の笑みを浮かべた彼女は、もう一度同じことを繰り返す。

つまり、ラント家のメイドになれということらしい。

ラント家というのは、自分達が住んでいるラントの町の領主の家。それは分かる。

何故。

何故そんな物凄い方がいる場所へわざわざ行かなければならないのだ。


「引きこもりなんて認めないわよ。貴女には素質があるんだから、もっと学んで来なさい。」
「……いや、まっておかあさん、何を言ってるのか」
「くれぐれも粗相のないようにね。アストンはうるさいから。」


以前、母は領主の秘書を務めていた。
詳細は聞いたことはないが、彼とは幼なじみであるらしく、親しげであることはわかった。
しかし自由奔放な彼女は、疲れたからという理由で、辞めてしまった。

そんな母を疑問に思う事もあったが、彼女は言い出したらとまらない、そして人の話など聞いちゃくれない。
きっと領主も苦労しただろうに。


改めて、自分が置かれた状況に気づき、諦めと呆れを混ぜたため息を吐いて、涙目になりながらテーブルに突っ伏した。




(私の平穏を返せ!)





引きこもり生活は一転する。
明日から私は、奉公人。





 




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