昨夜から寒気を感じ少し厚着をしたり、何を食べても味が分からず濃い味付けの物を好んでいた時から怪しいとは分かっていた。
測定終了の音が鳴った体温計に表示された高熱に、あぁやっぱりなと思い掛け布団をかけ直した。健康であることが唯一の取り柄であるので、滅多に風邪なんて引かないのだが、今日は珍しく風邪を引いてしまった。
寒さを誤魔化すため、無理にでも寝ようとしているとインターホンが鳴った。
「はい…?」
「具合はどうだなまえ!熱は何度なのだ?!朝ごはんは食べたのか!?薬は水分はちゃんと摂っているのか!?」
来訪者は幼馴染みである尽八だった。
一気にあれこれ聞かれ、普段なら返答しているのだが熱で回らない頭で考えた結果、何もしてない。と簡潔に返した。
すると尽八は真っ青になり、私を部屋に戻し、ついでに尽八も中へ入ってきた。
「ちょっと…!」
「ならん!ならんぞなまえ!!風邪の時は栄養と水分をしっかり摂らねば治るものも治らんぞ!」
「で、でも今はあんまりお腹空いてなくて…」
「少しでもいいから食べて薬を飲まないと早く治らんぞ?俺が適当に何か作るから休んでおけ」
律儀に私を寝かせてから、キッチン借りるぞ!と言い調理にかかった尽八。
どうやって女子寮に来れたのかや、そもそも学校は?部活は?と思ったが、体調が悪い今は考えるのを止めた。
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「出来たぞ!」
「んー…」
いい匂いがする小鍋を持って現れた尽八。
浅い眠りにあった私は覚醒しきらない状態で体を起こし、部屋にあるテーブルの前に座った。
「いただきます…」
「おう!」
蓋を開けると美味しそうな卵粥がグツグツと音を立てていた。
レンゲで掬う手が寒さからか僅かに震えたが、気にせず食べようとすると、尽八がちょっと待った!と器とレンゲを横から取って行った。
「なに?」
「せっかくだから俺が食べさせてやる」
「ええぇ…いいよ、自分で食べる」
「駄目だ!俺が食べさせたいんだ!!」
必死に訴える尽八に、もしかしたら先ほど震えていたのに気付いて、こう言ってくれているのかなと思い、私はお言葉に甘えてお願いします。と頼むことにいた。
「よし、ほら…アーン」
「ん……」
「どうだ!?」
「おいしい…!」
「ハハハ!そうだろう!?なにせ旅館の料理長仕込みだからな!!」
程よい塩加減と半熟の卵が食欲を刺激し、それまで空腹でなかったのが嘘のように食が進んだ。
全て食べきり、薬を飲んで再び寝ようとすると、尽八が少し待っていろ!と言って部屋を出て行ってしまった。
それまで騒がしかった部屋が静まり返り、眠りやすい環境になったはずなのに、とてつもない不安と寂しさでいっぱいになった。
早く尽八帰ってこないかな。と内心で思った自分に自嘲した。
普段は私が尽八にあれこれ世話を焼いているのに、今日は立場がまるで逆。
しかも尽八にだって忙しいのに帰りを待つなんて、とんだ甘ちゃんになってしまった。
布団を握り締めていると、尽八が戻ったぞ!と大きな荷物を抱えて帰ってきた。
「……!おかえり」
「ただいま!ほら、これ俺の部屋から毛布持ってきたんだ」
ふわりと上から薄いのに暖かみのある毛布をかけられる。
僅かに尽八の香りのするそれに安心感を覚え、何故か涙が出そうになった。
「それじゃあ俺は戻るけど、また部活が終わったら様子見に来るから、ちゃんと寝てるんだぞ!」
「う、うん…」
部屋を出て行こうとする尽八に対し、無意識に私は名前を呼んでしまった。
振り返り、どうした?と言った様子の尽八に邪魔をしてはならないと自分に言い聞かせ、何でもないと返すと、尽八は目を細め、やがて近づいてきた。
「……今日は学校休む」
「え…っ」
「フクには後で連絡しとくから、なまえは安心して寝ていいぞ!」
落ち着かせるように私の頭を撫でながら告げる尽八に私は驚いた。
「なまえはもっと甘えるべきだ!俺がなまえにするみたいにな!」
「うん…?」
「心配しなくても俺に気を使わなくても俺はなまえの頼みなら何でも聞く。だからちゃんと言ってくれ」
コツンと尽八の額が私の額に触れる。尽八の優しさにギュッと心臓が掴まれるような感覚になる。
「今日は1日ここにいるから、安心して寝ていいぞ」
「うん…」
「おやすみ、なまえ」
「…おやすみ」
隣に優しい幼馴染みがいる安心感と幸福感、そして暖かさに満たされながら眠気に従うことにして、目を閉じる瞬間、瞼に柔らかい何かが触れたのを夢うつつで感じながら深い眠りについた。