激しい雨が地面を打つ音が聞こえる。室内には湿気を含んだ空気が漂っていた。
 
 俺は彼女の家に邪魔をしにきてカメラをいじっている。もちろんこのカメラは俺のじゃない。彼女の予備カメラだ。

「よし、オーケー」

 カメラの準備をしてベランダにいる彼女、なまえの元に急ぐ。早くしないとなまえが切り上げちまうからな。

 ベランダの窓を開けると、なまえは自分のカメラを構えて外に向かってシャッターを切っている。吹き付ける雨に濡れるのも構わずに写真を撮っている彼女に俺はカメラを向けた。

 シャッター音が鳴る。
 なまえが驚いたようにこっちを見た。カメラ越しに少しだけ濡れた髪の毛が艶を含んだように光るのが見えた。

「え、新開くんなにしてるの?」
「おめさんを撮ってるんだよ」

 ビシッとなまえを指差すと、やっと自分が撮られた事に気づいたのか頬が赤くなってきている。

「もらい」

 すかさずなまえの可愛い表情を写真に収める。なまえが怒っている声が聞こえるが俺は満足だから構わない。

「ちょっと新開くん、なんで急に私を撮ろうとしたの!?」
「急じゃないぜ。少し前から思ってた。おめさんを撮りたいって」

 雨の中のなまえを、な。


* * *


 そう思ったのは俺が今日みたいになまえの家に邪魔しに来た時だったーー。



 気怠い眠気を醒ますように雨音が聞こえてくる。大粒の雨が屋根に落ちる音に俺は重たい瞼を上げた。
 いつの間にか俺はソファーに寄りかかって眠っていたらしい。

 最近は雨で自転車部の練習は筋トレやローラーばかり。梅雨なのだからしょうがないが、早くロードに乗りたくてたまらない。うずうずする体を抑えようとパワーバーを取ろうとポケットに手を突っ込んで止まる。
 …パワーバーが切れていた。

 小さく息をついてそのまま隣に座っているなまえの肩に寄りかかった。
 夢中で何かの写真を見ていたなまえは少し驚いたように俺に視線を向ける。

「起きたんだ」
「ふあ…俺、どんくらい寝てたんだ?」
「んー、二十分ぐらいかな 」
「そっか。…やっぱ雨だと暇だな」
「どうせ体動かしたいだけでしょ。当分は天気予報で雨って言ってたし、諦めてインドアなことをしよ」
「例えば?」
「読書」

 なまえらしいといえば凄くなまえらしい例えだ。読書大好きな彼女とよく本を貸し借りしているが、今は読書がしたい気分じゃない。なまえには悪いが話を変えさせてもらおう。

「ところでなまえ、おめさん何の写真見てんだ?」
「ちょっと話し変えないでよ…。…最近撮った写真を現像したから眺めてたの。結構いい出来でさ。見る?」
「ああ」

 なまえが持っている写真を受けとって眺める。趣味が写真と言っていい程撮るのが好きななまえだ。腕も中々でどんどん上達していくのが分かる。
 今回の写真は雨だった。
 アスファルトに落ちる雨や、色とりどりの傘を差す人達の写真。雨の中咲く花等が写っている。
 その中で特に目についたのが、少女が傘を差して誰かを待っている姿の写真だった。

「なまえ、これってーー」
「ああこれ? 千葉の友達と遊びに行くとき撮ったんだ。帰りに彼氏くんと待ち合わせしていたらしくてね、こっそり撮らせて頂きました」
「へぇ」

 一瞬で惹きつけられるような写真だ。少女の待ち遠し気な横顔に、傘に落ちる雨粒と地面を打つ雨が一つの絵になっていた。
 色でいうと温かなオレンジーー。


 次に写真を見るとそこには箱学の制服を着た男女が相合傘をしている写真だ。

「これはまた」
「偶然にもカップルが相合傘している姿を見つけてね、思わずシャッターを切っちゃったよ」

 制服姿の二人はどことなく距離が近い。チラッと見える彼女の顔は楽しそうに笑っていた。

 色でいうなら落ち着いている青。
 大粒の雨が地面を濡らしているこの写真を俺は黙って見つめていた。


 何枚か写真を見終わると俺の脳裏に考えが浮かぶ。

(なまえが写る写真が欲しい)


「…なまえ」
「ん?」
「おめさんの写真はないんだよな」
「え、そうだけど…自撮りはそんなに好きじゃないし」

 成る程。どんなに俺がなまえの写真を欲しいと思ってもそれなら無理だ。…なら、俺が撮ればいいのか?

 ふと出てきた「俺がなまえを撮る」案は中々良いと思う。これは本格的に考えるか、と決めて俺はまたなまえの肩に寄りかかったーー。


* * *

「と、言う訳だぜ」
「…恥ずかしいんですけど」

 俺が真顔で言うとなまえは照れたように目を逸らす。
(そんな姿も可愛いぜ)

 またシャッターを切るとなまえが顔を赤くして怒りだした。

「もう十分撮ったでしょ! 恥ずかしいからやめてよ」
「怒った姿も十分可愛いからな。撮らなきゃ勿体無い」
「なっ…!」

 なまえが驚いた顔のまま硬直している。

(少し遊びすぎたか。今日はこのぐらいにしよう)

「なまえ、そんなとこにいると風邪引くぜ。中に入ろう」
「……まったくもう」

 近寄って手を引くと満更でもないのか頬を染めて俺について来る。
 今日も俺のなまえは全部が可愛い。

 さっき使ったカメラを早く現像したくてたまらない。なまえはいったいどんな『色』で写っているか楽しみだ。



 叶うなら『透明』がいい。
 なまえに一番似合う透明。
 濁りがなく透き通るような、きみの『色』




【透明がほしい、きみに似合うような】



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