ユキちゃんが寮から帰ってくる。彼は普段、自転車競技部に入るために進学した箱根学園の寮で暮らしているのでなかなか会うことが出来ないのだ。それでも二日に一度は電話をするし、ラインのやり取りも割と頻繁にしている方だと思う。ユキちゃんからはよく塔一郎くんやその他のお友達の写メや部活の様子などが送られてくる。離れていても様子がすぐわかるのってすごいなぁ、スマホって便利だなぁといつも思う。ユキちゃんから近況が送られてくる度嬉しくなる。

つい昨日もユキちゃんから電話がかかってきた。「電車に乗ったら連絡してね」とわたし的にはすごく落ち着いた声で、意図を悟らせないように遠回しに言ったつもりだったのだが、「もしかして迎えに来てくれんの?」と早々ユキちゃんに考えを見抜かれて、わたしのささやかなサプライズは失敗に終わってしまった。

けれど今わたしはこうして駅でユキちゃんのことを待っている。電車の時刻表を見ると、ユキちゃんが乗った電車はあと十分程度でこちらに着くみたいだった。
もう辺りはすっかり真っ暗で、空には少し星が見えた。いつもならこの時間に出掛けるようなことは無い。お母さんがダメだと言うし、何よりわたし自身、暗いのが苦手なのだ。家の近くは街灯があまり多くないから、一人で外を出歩くのは結構怖かったりする。けれど、ユキちゃんのためならそんなのはへっちゃらだった。お母さんにも、帰ってくるユキちゃんを迎えに行って、駅から家までの道のりはユキちゃんと一緒に帰ってくるのだということを説明したらちゃんと了承してくれた。ちなみにユキちゃんの家とわたしの家はお隣同士だから、たとえ嫌だとしても一緒に帰って来なければならないのだろう。でもユキちゃんは優しいから、きっと嫌だなんて言わない。


小学校高学年の時、クラスの男の子たちに「おまえらいつも二人で帰ってるし付き合ってるんだろ」と散々からかわれた日の帰りだって、ホームルームが終わるとまっすぐわたしの所へ来て「なまえ、帰るぞ」といつもと何も変わらない調子で言った。そうやって普通にしていれば、もう男の子たちだって特にからかってこなかった。あの時のユキちゃんは本当にかっこよかった。
中学校の頃の学祭の時期だってそうだった。わたしたちは違うクラスだったというのもあって準備が終わる時間も全然違ったのに、ユキちゃんはいつもわたしの靴箱のところでしゃがみこんで寒いと文句を言いながらも待っていてくれた。たまにコンビニに寄ってユキちゃんは紅茶、わたしはココアを買って二人でそれを飲みながら帰ったこともあった。
ユキちゃんが自転車をゆっくり押していたのだって、きっと歩くのが遅いわたしに合わせてくれていたからなのだと思う。ひんやりと冷たい空気の中で暗闇と星とお月さまに見送られながら、わたしたちは何度も家路を共にした。


ホームに止まった電車から、ちらほら人が降りてきた。その中に見つけたのだ。大きな荷物を抱えている、黒いコートに色素の薄い髪の毛。
電車から降りてきたユキちゃんは、黒くて高そうなイヤホンをして音楽を聴いているみたいだ。だから少し大きな声で「ユキちゃん」と名前を呼んだ。
顔を上げてこっちを見たユキちゃんは、少し驚いた表情をしていた。

「おかえりなさい、ユキちゃん」
「…ただいま」

イヤホンを耳から外してウォークマンにくるくる巻きつけながら、「ほんとに来てると思わなかった」と言うユキちゃんの頬は赤い。寒いからかな。
わたしの隣に並んで歩き始めたユキちゃんにそのことを伝えると、「お前もほっぺ赤いけど」と言われてしまう。

「てゆか、お前もマフラーしたら?」
「わ、忘れてきちゃって」
「は?気温のこと考えろよバカ」

そう言って自分がしていた薄いグレーのマフラーを外してわたしの首に巻いてくれるユキちゃんはやっぱり優しい。バカって言うのはきっとわたしを心配してくれているからだ。

「ユキちゃん寒くない?」
「電車の中暖房効いてたから平気」

コートの襟を立ててポケットから手袋を出して左手に持ったユキちゃんは、自販機へと歩みを進める。凄いな、完全防備だ。昔から寒いの苦手だったもんね。

「…あれ?」
「なんだよ」

ユキちゃんはぴかぴかの五百円玉をお財布の中から出して自販機に入れたかと思うと、迷わずに赤いボタンを押した。いつもわたしが飲んでいたココアだ。出てきたココアをわたしに差し出す彼に、ふと気になったことを聞いてみることにした。

「ユキちゃんって寒いの苦手なのに、どうして中学の学祭準備のときわたしのこといつも待っててくれたの?」

ココアの缶を開けてちびちびと中身を飲む。熱いのは苦手だから、一気になんて飲めないのだ。
またガコン、と音を立てて自販機から出てきたのはあたたかい紅茶だった。手袋を持っていない方の手でそれを開けて一口飲んだユキちゃんは、白い息を吐いた後に空を眺めながらこう言った。

「なまえは暗いの嫌いだろ。…あと夜に一人だと危ないから」

…ユキちゃんのこういうところが好き。ユキちゃんだって寒いのが苦手なくせに。それなら先に帰ればよかったのに。マフラーだってそのまましてればいいのに。わたしが暗いの嫌いだからって、自分は我慢してわたしに合わせてくれるのだ。

「ユキちゃん、ありがとう」
「え、方向どうせ同じだったし別に礼言われる程のことでも…」
「でもわたしは嬉しいから、ありがと」

ちょっと照れたように頭を掻いたユキちゃんは、空っぽになった紅茶の缶をゴミ箱に捨てたあと、わたしが飲み切ってしまったココアの空き缶もその中に入れる。マフラーと同じ薄いグレーの手袋を手にはめると立ち上がった。

「なまえ、帰るぞ」

そう言ってわたしの右手を取って、手袋を履いた自分の左手と一緒にコートのポケットの中に収めたユキちゃんは、やっぱり世界で一番あたたかくて、世界で一番優しい男の子だと思う。




第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -