ふと隣をいいか、と声をかけると彼女は軽く笑みを浮かべて会釈した。

倫理の文献を広げている。範囲からして同年代だろう。大学のカフェテリアでまで勉強をするなんて、よっぽど勤勉なんだなんて手元を見れば、スラスラと進むペンから流れ出る文字は細い線で紡がれ整っていた。

少しだけ顔を覗く。髪の毛にかくれて控えめな表情をしている彼女を、俺は知っていた。



彼女とは霧崎第一で一緒だった。名字も名前も知らない。けど、当時はまだ髪も今ほど長くはなくて化粧もしていなかった。

女子は大人びるのが早いというけれど本当にその通りだ、なんて思った程に。



「…原、くん?」

「え」



「あっ、ごめんなさい。私も霧崎第一だったから、」


そう言って笑う彼女の笑顔に悪い気はしなかった。





僕はまだ知らない



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