禍々しき妖蛇潜む大地に釣り合わず。
 清々しき青の空を、安穏と行く雲。

 春思わせる柔らかな日差しを浴び。
 風に頬晒しながら歩く、討伐軍の陣内。

 片手に、仁義説く古の書物。
 歴史紡ぎを好む謀神と談義交わすため。

 人気ない陣の隅、佇む枯れ木の下。
 散らばる幾多の紙と筆と、人影ひとつ。


「元就殿」


 弾む声で名呼べども、返るは沈黙。
 幹に凭れて、不自然に俯いたまま。


「もーとーなーりーどーのー」


 茶化しつつ顔覗き込めば、閉じている瞼。
 静かに繰り返される呼吸。

 思い出される剣閣の戦。
 己の策目の前に、露わにした隙。

 双眸眇めて、鼻先触れるほど近づき。
 唇にかかる、なおも規則正しい吐息。


「……やれやれ」


 音もなく身を退いて、肩を竦め。
 談義は持ち越しと決めて立ち上がる。


(…遠慮なく、と言ったんだがな)





 遠ざかる足音を確かな意識で聞き。
 完全に絶えた時、瞼上げて、吐くため息。


「……やれやれ」


 思い出される剣閣の戦。
 鋭い言で居抜かれた、己の隙。


(…遠慮なく、と言ったのにね)






 title:選択式御題


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