いつでもかけてこい。
 そう言って渡された、一枚の紙。
 彼の連絡先。


(さすがに今かけたら、まずいだろうか。)


 ベッドの中、暗闇で見つめるディスプレイ。
 映し出されている電話番号。
 電話帳のメモリ番号、ゼロ。

 嫌な夢を見たから。
 たった、それだけの理由。

 時刻は午前一時過ぎ。
 迷惑をかけることを承知で。
 押した発信ボタン。


『──…もしもし』


 呼び出し音三回目の途中で。
 鼓膜を震わせた低音。


「あ……曹丕、すま、ない、起こしただろう」
『そう言われればそうだが、問題ない』


 それきり、途切れた会話。
 流れる沈黙は、気まずいものではなく。
 むしろ、心地よい。


(……嗚呼、曹丕が、)
(曹丕が、そこにいる。)
(そこにいてくれる。)


 機械越しに伝わる、僅かな呼気。
 涙が、出そうになって。
 携帯電話を握り締める。


『………少しは、落ち着いたか』
「……………え?」
『声が震えていた。………悪い夢でも見たか?』


 輪郭ははっきりしないが、確かに見た悪夢。
 目が覚めてもなお、夢の中にいるような感覚から。



 救って、欲しくて。



「……確かに、見たが、もう、どうでもいい。……どうでもよくなった」
『……うん?』
「お前の声が聞けたから、それでいい」
『………そうか』


 安堵の声が漏れた後。
 向こうで息を吸う気配。



『おやすみ、三成。』



 体の奥底から揺さぶられるような。

 電話を切った後の、ツー、という音さえ愛しくて。

 パタンと閉じたディスプレイ。
 光消え失せた暗闇すら、あたたかい気がして。

 再び眠りに落ちれば、そこは優しい夢。


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