「………曹丕」
「何だ」
「俺はお前の召使いではない」
「そうか」
「それから、暑いのだが」
「そうか」
「離れろと言っているのが分からぬのかっ!」
「断る」
「俺は疲れた!」
「そんなことは問題ではない」
ああ、お前はいつもそうだ!
そう叫びたかったがそれに費やす体力も惜しく。
高い気温、蒸し暑さ、急な坂道。
全てが拷問。
懸命にこぐペダルは常より一人分重く。
後ろから腰に腕を回しているのは、気の置けないクラスメイト。
「どうした、遅いぞ、早くこげ」
年は同じだというのに。
理不尽に突きつけられる命令。
自転車を持たない彼にとって。
己は登下校に欠かせない足。
放課後の用事に付き合わされ。
巡った店、雑貨屋、本屋、数軒。
最後の行き先、コンビニ。
ぎいぎい悲痛な音を上げる二輪の相棒。
心から同情の念を寄せ。
(……いつか絶対っ、この辛さを味わわせてやる……!)
復讐を誓いつつ、自転車を止めた店先。
礼一つ告げず自動ドアを潜った長い栗色の尾。
(こんな所で、一体何を買うというのだ、)
彼の育った環境上。
コンビニなど無縁のはず。
(何か使いでも頼まれたのか? 水道代の支払いか?)
ハンドルに頬杖。
どうでもいいことに思考を巡らせていれば。
「おい」
「──ひぁっ!?」
びた、と頬に当たった冷たさ。
ミルクの割合が高めの缶コーヒー。
「随分な声を出すな?」
「お前が、急に、やるからだ」
「まあいい。やる」
「………は?」
押しつけられたそれ。
状況が呑み込めずにいれば、ぷしゅ、とプルタブの小気味良い音。
「付き合ってもらった、礼だ」
「……………曹丕」
ブラックの缶コーヒーを傾ける友の傍ら。
プルタブを引き喉に流した冷たさは、妙に甘く。
「………曹丕、」
「何だ」
「っ………その、ありが、と、ぅ………」
早々と瓦解した復讐の誓い。
(何だかんだ言っても、俺は、)
「………フ、」
耳元。
苦めのコーヒーの香りと共に伝った、囁き。
「三成、」
「……何、だ」
「私を、家まで送れ。それから、