若葉騒ぐ夜の庭、大木の下。
夜風に流れる銀の髪。
幾年時を経ようと変わらぬ女の美。
背筋も凍るほど整った顔立ちは、今は僅かに歪み。
がさ、と草が鳴る音。
反射的にそちらを見、目を凝らす。
女は人を待っている。
だがその人がやってくる方向とは、違う。
「……誰だ?」
「私だ」
淡々とした響きの問いかけに負けぬ、怜悧な返答。
姿を現した人影、翻る蒼。
「それほど警戒せずともよかろうに」
「……曹丕、か」
女の認識、覇王が嫡男。
二人で相対したのはおそらく、初めて。
「私に何か用か?」
「特にない。……ただ、」
近づくのは草を踏みしめるざわめき。
やがて、己の上、影が被さったかと思うと。
頬に、大きな手のひら。
「父が傍に置いておく女が、どのような者かと思ってな」
「触るな」
覇王より鋭い刃の瞳とかち合い。
逸らすと同時に、叩き落とす温かさ。
「………ク、」
いかにも痛そうに、払われた手をひらひらと振る。
薄い唇に刻まれた、確かな笑み。
「何がおかしい?」
「いや、ただ、似ている、と、思っただけだ」
結局、目的も掴めぬまま。
何事もなかったように背を向け、去っていく蒼。
「………随分と、悪趣味になったな?」
声を投げたのは、大木の上。
梢が鳴り、地へと降り立った人影、大柄の男。
「いやいや、なかなかに面白い展開だったからのう」
「私は、全く面白くない」
「……それほど膨れるな」
その言葉の半分は呆れ、半分は優しさ。
頬に、大きな手のひら。
「折角の顔が、台無しじゃぞ?」
「……うるさい」
温かみに満ちた男の瞳を見上げ。
月も恥じらう、微笑。
「あまり私を待たせるな、 」
自室へ続く廊下を行きながら。
脳内で繰り返すは、先刻の女の反応。
(……触るな、か)
(……全く、似ている)
女と全く同じ反応をしたその人。
また自然と、浮かぶ笑み。
「ああ、早く私の元に戻れ、 」