小姓が青ざめた顔で告げた異常。
肌にまとわりつくような湿気を持った、雨の日。
大股で向かう主の部屋。
近づいてくる奇声。
開け放った障子。
主を押え込もうとしている者。
その周囲で呆然としている者。
「どうした」
見た方が早いと、退いていく取り巻き。
目に飛び込んできたのは。
粘着質の赤に染まった、机。
鼻をついた、臭い。
濡れた脇差を、突き立てる先。
無数の穴と傷のある、手の甲。
「殿! 何してるんです!」
脇差を握り締めた手首を掴み、制止すれば。
己を見上げる、光のない空虚の瞳。
「はなせ、さこん、」
「嫌ですよ。……まったく、こんなことして、どうしたんですか」
「もう、つかめぬのだ」
だらり、と力が抜け。
畳に転がった、赤に塗れた刃。
「つかめぬ、とどかぬてなど、いらぬ、」
「………殿、」
「いらぬ、いらぬ、いらぬいらぬいらぬ、う ぅう、 う、」
叫び声は、外の雨が掻き消し。
ぼたぼたと、手の甲に落ちる雫。
刻まれた傷に、じわりと染み込んで。
お前に触れ合うことの出来ぬこの用済みの指など いらない