夜の静寂を破らないように。

 寝室の前。
 細く、だが凛とした旋律が響いている。


「甄」
「おかえりなさいませ」
「もう少し、聴かせてくれ」


 隣に立てば、妻は再び横笛に命を吹き込む。
 天に昇りゆく、高らかな音色。

 そっと胸に手を当てれば、そこに残る温もり。
 蒼には幾つか、丸く、濡れたような跡。


「我が君、





 炎の明かりに、書を読む男の影が揺れている。

 寝室の前。
 障子を開け放った衝撃に、そこは闇と化す。


「左近」
「遅いお帰りでしたね」
「フン。遅かろうが早かろうが、俺の勝手だ」


 背中を合わせ座れば、同志は再び月光に紙を繰る。
 遠く聞こえる、高らかな音色。

 そっと唇に指を当てれば、そこに残る温もり。
 頬には幾筋か、長く、濡れたような跡。


「殿、



 別れの用意は出来ましたか?」





 無理だ、出来るはずもない。


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