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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
結び目逢瀬



点数をつける以上、そこに勝ち負けは存在する。前の結果との比較、試合相手との差。往々にして心に重く響くのは後者であり、それがこれまでの努力や自他ともに乗せまくっていたプライドを否定されてしまうものであればその分振り幅は大きい。

物理的にはもちろん感覚的にも完全に赤の他人の歓声が降り注ぐなか、貼り付けたような笑みでたった今格上となった相手に握手をする自分が心底嫌いだ。
可愛く笑う勝者にせめて嫌な思いだけはさせないよう振る舞ってから、応援してくれた仲間や観客の方に踵を返す。まだ泣いちゃダメだ、ちゃんと、応援支援をありがとうと、伝えなくちゃ。


良く頑張った、とか。お疲れ様とか。皆がみんな絶賛建設中の防波堤を壊そうとするから、私は『一人になりたい』なんて本当に可愛くないことを言って試合会場のブースから出る。あとで謝らなきゃなぁと考えられるのは、向かう場所が決まっているからだ。
そんなに人気がなくて、だけど後から聞かれたときには自然な答えになって。……泣いても、バレないところ。そして運が良ければ、…あの人がいるところ。

そこは何個もある体育館や何種類かのグラウンドから比較的距離のある水道で、他にも便利な立地に立っているものがある故に此処までわざわざ来る人はそういない。
今日もそれは平生で、誰の姿も見えない上に他の部活の音が微かにしか聞こえないこの場所は私の傷にゼラチンで膜を張りながらも少しの浸透性を持つそこから塩が侵入するような、そんな空間だった。

唯一居て欲しいと思った存在が無いことに落胆しつつも、向こうだって部活だしそれどころかキャプテンなんだからと良い聞かせて吐水口の向きを百八十度捻る。蛇口のハンドルを捻れば噴水のように沸きだした水を口に含む。
カラカラだった喉が潤うと、それを分け与えたいのか目頭にまで水分が浮上した。




Here is My School
〜水飲み場〜





────…最後だったのに。

みんなはあと一年活動期間がある中で、私だけが、三年生と同じように、最後だった。中学最後の大会。勝てば全国に行けた。
それだけじゃない。それだけじゃ済まない。たぶん人生かけても、最後だったんだ。この身体で出来るのは…。医者と約束したこの大会が、最期で。
だから強制的に全員引退を控えた三年生を押し退けてまで此処まで勝ち進んだのに。先輩たちだって背中を押してくれて、此処まで来たのに。

ハンドルをもっと大きく捻って、顔全体に水を噴射する。汗も、涙も分からなくなるくらいの量なのに、後悔も試合結果も流れてくれなくて。




─────「ムダ遣いしてんじゃねーよ」

キュッと、私の手の上に重なった物が水を塞き止めた。ポタポタと落ちる雫は、虹を作るには少なすぎる。それでも私にはちゃんと見えて、手首につけられた色鮮やかなソレがそのまま俯く私の頬を掠めて、大きな手に後頭部を押された。

音もなく、白いジャージに額が触れる。

「………遅くなって悪かった」

『っ、』

ブンブンと頭を振る。びしょびしょの前髪が白に灰色の細い線を描いた。

「……あー、ダメだ。何て言ってのーかわかんねーな」

グシャグシャと髪を乱す手は心地いい。一方私の手は先輩の脇腹辺りのジャージを掴むばかりで、彼に居心地の良さどころか変な重さまで覚えさせてしまう。

だけど。

「まァあれだ、とりあえず泣いとけ」

それでもいいよと言い聞かせるように引き寄せたりするから、水道のものより生温い水でまた白いジャージを染める羽目になる。

『ふ…っ、負け、ちゃった…』

「……ん、」

『おわ、おわっちゃった…っ、』

何もかも。終わってしまった。勉強や三度の飯よりも打ち込んで高く築いたはずの壁は。斜めにひびが入っただけで、あっさりと余命宣告を受けてしまった。

何であそこで身体が思うように動かなかったんだろう。何であのときちゃんと取って置かなかったんだろう。一瞬一瞬の行動が、こんな自分を消していたのかもしれないと思うと、やりきれなくて堪らない。

『まっくら、です…っ』

折角の白はどんどん鈍い色になって、視界に入れたくないときつく目を閉じれば文字通り真っ暗な目の前は紛れもない現実。
毎朝七時から八時までと、夕方の四時から七時まで。一体私は、明日から何をすれば良いんだろう。やった方が良いことはきっとたくさんあるけれど、やりたいことは一つもない世界の誕生だった。


頭を押し付ける先輩の指から少しだけ負荷がかかる。それに比例して、私の手にも力が入った。
悔しくて、苦しくて。普段なら幸せで逆に辛いこの状況も、尚更胸を締め付ける。

私も先輩も熱中することがあって、正直お互いが二の次でも構わないというか、部活を優先で動くことを責めたりしなかったし、そんな相手の姿勢が練習の糧になったりもしてた。
それなのに私だけ、そこに居られなくなってしまった。虹村先輩が好きだと言ってくれた、部活や試合にがむしゃらに動く私はもう居ない。

部活終わりに待ち合わせたりとか、息抜きやご褒美と銘打ってコンビニに寄っては甘いものや肉まんなんかを買って食べたりとか。……験担ぎだなんてキスをしたりとか。そういうのは全部思い出でしかなくなってしまうんだ。

『わ、たし、も…っ、もうあそこにたてないんです…っ』

「……なまえ、」

先輩の声を書き消す程の醜い想像が脳内を殺す。明日から部活に出れる気はしない。マネージャーとして支えるのは無理だと思う。みんなは私の怪我と病気を知っているからどうしても腫れ物に触るように接するだろう。同情が嫌なのではなくて、それが申し訳ないのだ。それに、不甲斐ないながらも他の人のプレーを見てることすら今はまだ耐えられそうにない。

幼い頃から多くの時間を捧げてきた。器の無くなったそれは、どうやって使えばいい。私はどこにいればいい?

『…分からないん、です…っ、することも、いばしょも!なくなっちゃいました…!』

なんの準備もしてこなかった。負けることを考える暇があるなら勝利へのシュミレーションをしていた。……何だかんだで勝てると、負けるわけないと思ってたんだ。随分と驕り高い自分に嫌気が差す。

慢性のもので完治は難しく、出来たとしてもかなりの長期戦と言われた。これ以上無茶をすれば日常生活にも支障が出るかもしれない。
……分かってる、やめた方がいい理由なんて、分かりきってる。けど…!だけど今は最悪な状態の手前で、騙し騙しならば私はまだあそこに立てると言う事実が酷く憎い。いっそ壊れてもいいから、諦めきれないこの気持ちを贔屓にしたいと思ったときだった。



「────そんなことねーだろ」

頭上から降りてくる声。顔を上げれば眉間に皺を寄せた先輩が私を厳しく見下ろしていた。

「オメーのすることも居場所も、……アレだけじゃねーつってんの」

『え?』

どういう意味だと問う前に、親指の腹で涙を拭われる。風が当たってヒヤリとしたそこをもう一度だけ擦って、虹村先輩は言った。

「…ココで、……そうやって泣いたり笑ったりしてろ」

真剣な顔つきが嘘でも冗談でも無いことを明瞭にする。そうして虹村先輩は私の頭をTEIKOのロゴよりも下の位置に押し付け直す。チャックの部分が少しだけ痛かったけど、先輩のもう片方の腕が腰に回ったことの方が重要だった。

「アレに注いでたモン全部、今度は俺にくれよ」

先輩の顔を見上げて思わず口が開いてしまうくらいには衝撃的な言葉なのに、当の本人はなにも変なことは言ってないと言わんばかりの目で私を見下ろす。
ポタポタと未だ雫が垂れて額にへばりつく前髪を、先輩の手が軽く払った。その時にとんだ水滴は私の腕の素肌で直ぐに消えてなくなる。

「出来るだけ同じモンを返すようにする。どうせ俺もあと二ヶ月もすれば引退だし、そしたら今まで遊べなかった分も取り戻せンだろ」

『せんぱい、』

「……何だよ。不満か?」

言葉にならなかった。あんなに醜くて往生際の悪い真っ黒な思いは沸々と言葉でうかんだのに、今のこの胸の辺りが熱くなるモノは何一つ上手く言い回せそうにない。下手に音をつければつけるだけ違っていきそうだ。

咄嗟に俯きながらブンブンと首を横に振り自分から額の上辺りを押し付ける。先輩はその頭をぽんぽんと二回叩いて「だろーな」と得意気に言った。


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