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結び目逢瀬



忘れ物をしたことに気付いたのはバス停に着く前。明日絶対に提出しなければならないワークは施錠されている教室ではなく廊下に設置された個人ロッカーに入っているもので。だから取りに行こうと決めた。その場で友達と分かれ逆流。
それから無事主要アイテムを手にしたとき、学校に着いてから十五分ほどしか経っていなかった。そんな今の時刻は八時を過ぎた頃。校舎の中から出る分にはセキュリティ解除のボタンを押して昇降口を出てもオートロックの為に問題は無い。

だから、すっかり忘れていたのだ。この目の前に聳え立つ “門” の存在を。





Here is My School
〜校門〜






完全に閉まりきった、見るからに重厚な鉄格子製のそれに触る。……初夏の今でもひんやりと冷たい。冬だったら全身凍りついていたことだろう。

見上げる程ではない。丁度私の目線の高さ。……ただ、脚をかけるところがゼロなのが問題だった。
腕の筋肉だけで登れるか……。手ぶらなら未だ可能性も五パーセントほどあったかもしれないが、今日に限って重たい教科書が何冊か入ったこのバッグを背負ってではキツい。先にコイツを向こうに放り投げたいところだが、今日は中に美術の授業で作った陶芸作品が入っている。……そんなことをしてみろ、我ながら最高の出来だと自負するハニワくんの御命が一瞬にして木っ端微塵だ……!! あれは是非とも家に持ち帰って飾りたいのに!!

『バックだけ穴に通せたり……しないな』

物は試しと、格子の間にカバンをそっと宛がってみたがアウト。やはりよじ登るしか道はないのか。

今時、セキュリティや連絡手段の充実なる普及で宿直当番もいない。誰か先生が残っているならこの校門は閉まっていないと思うのだが……、望みをかけて校舎に戻ってみる?……あ、ダメだ。SECOVI【セコビ】が仕事してるわ。オートロックで私が閉めたんじゃんか。

『……詰んだ。何とすっかな、五月とはいえさすがに夜は寒いし……』

親に連絡して対策を練ろうとしたときだった。



────「あれ、君は……」

私が行きたくて仕方ない門の向こう側から声がして、反射的に顔をあげる。そこにいたのは去年転入してきたイケメン帰国子女で名高い氷室くんで、彼とは今年一緒のクラスになった。

「確か、俺の斜め後ろのみょうじさんだよね?」

『えっあ! はい!』

これほどのイケメンとなるともはや視界の暴力だ!! なんて友達は口を揃えて言うけど人間には慣れと言う素晴らしい機能があって、毎日後ろ姿や横顔を見ている私は直視できるレベルにまで成長した。しかも今は暗闇の中。あまり顔も見えない。

どちらかと言えばそんな氷室くんが私の名前まで覚えていてくれたことが衝撃で、そっちに思考が持っていかれる。

『ひ、氷室くん、何で此処に?』

「それはこっちの台詞だよ。俺は忘れ物をして取りに来たんだけど、この門はやっぱり閉まってるね。──それで、君は?」

『た、大変面目ないことですが、その、私も忘れ物をしまして……。これ、十五分前には開いてたんだよ!!なのにロッカーから戻ってきたらガッチリ!!』

「つまり、閉じ込められてしまった、と」

コクリと一つ頷く。「乗り越えられない?」と言われてそれにも同じ反応を返す前に、いやでも待てよ?と氷室くんを見る。彼がそこにいるなら、荷物は投げずに向こうに届けられるわけで。

『あの、少し手伝ってもらってもいいかな』

「あぁ」

『じゃ、じゃあこれそっちに置いてもらっていい?あ!! 優しくね!! 中に美術の作品入ってるから!』

「美術、……あぁ、この前作った陶芸の。分かった、気を付けるよ」

私が両手で少し頑張って持ち上げたそれを、氷室くんはヒョイッと軽々受け取ってしまう。さすが男子さすがバスケ部キャプテンと内心感動していたが、さらに彼は地面に置かずにそれを手で持ったままにしてくれた。神か。

『いや、重いだろうから普通に置いてくれていいよ!』

「重くないよ。それより乗り越えられそうかい?」

『や、やってみる!!』

ニコリと素晴らしい笑みを向けられて話を先に流されたので、慌てて校門に手を置き直す。二三度跳ねてからその助走で体をぐいっと持ち上げ──『っ、』──られなかった。
ガシャンと門を揺らしただけで、そのあとは静かに元の位置と体勢に戻った私は顔をあげられない。

「……無理そうだね」

『ゴメンナサイ……』

眉を上げて苦笑する氷室くんはどこまでも紳士で、「怪我はないかい?」と訊いてくれる。頷きつつ、私も彼に頑張って笑い返した。

『付き合ってくれてありがとう。荷物はそこに置いて氷室くんは帰っていいよ』

「そんな訳にはいかないさ。うーん、学校のものだから壊すことは出来ないし……」

両側から閉めるタイプの校門の真ん中、つまり境目にある重たい錠前を触って呟く氷室くんに耳を疑った。……壊すって、その南京錠を? 確かにそれさえ無ければ二つをくっつけている物はなくなり門を開けられる。いや、さすがに無理があると思うよ。見かけによらずバイオレンスだな。



それから氷室くんは暫く考えこんでしまった。家はどこなんだろう? 帰国子女で同じバスケ部の劉くんは寮だったから、彼もそうならいいのだけれど。私みたいにバスに乗るならやっぱり帰ってもらった方がいい。
そんなことを考えていたら、突然氷室くんが手を叩いた。雲が晴れて月が見えた夜空に、それは心地よく響き渡る。

「みょうじさん、良い案があるから試してみようよ」

『え、……って氷室くん!?』

私の同意も聞かずにカバンを地面に置いて校門に手をかけた彼は、あろうことか身軽に校門の上に体を乗せて此方側に降りた。
ローファーでコツンッと綺麗な音を立てて華麗に隣に並んだ氷室くんはどこか楽しそうに笑う。
それから、目を白黒させる私に手が伸ばされるからまた訳がわからなくなる。

「みょうじさん」

『は、はい?』

「さっきみたいに校門を掴んでくれないかな」

『こ、こう?』

言われた通り、氷室くんに背を向ける形で両手を置く。確認で後ろを振り向けば、月明かりでさっきより良く表情が見えて首を傾げる。やっぱり少し、楽しそうだ。
氷室くんは頷きながら後ろに回り込んで、そして両腕を私の腰に巻き付けた────巻き付けた!?!? 背中に温もりが覆う。私とは全然細さの違う、逞しい腕。この状態はつまり、端から見たら抱きッ、……つまりそういうことになるわけで。

『ちょ、氷室くんっ!?』

「じゃあ今から持ち上げるから、しっかり膝で乗ってね」

『え゙、なっ、うわあぁ!?!?』

慌てた声を出す私が後ろを向いたところで、見えたのは氷室くんの首にかかる銀色。 “あ、ネックレスしてるんだ” ──なんて思う余裕なんて無く、耳元で囁かれた。ぞくりと背筋が震えて、それから身体はふわりと浮かぶ。文字通り地に足が着いていなかった。

自分の両手でも自重を支えて何とか天辺に片膝を乗せる。いつの間にか氷室くんは少し横にずれていて、手は自然と私の腰辺りを支え直してくれた。

羞恥で混乱しながらもう片方も持ち上げた私は校門の上に正座をするような形になって、氷室くんを見下ろす。視界が高いぜなんて喜べる訳がない。
バクバク鳴ってる心臓とパクパク動かす口。どちらも音こそ届いていないのに焦燥感は伝わったようで、氷室くんは苦笑して少し首を横に倒す。

「驚かせてごめんね。降りれそうかい?」

『……ハイ』

そろそろと足を地面に伸ばして着地すれば、氷室くんは氷室くんでさっきと同じように跨いだ。それから突然私の手首を掴むと実際付いてるか知らない手のひらの汚れを払う。
これまでの一連の動作に唖然とする私は、「上手くいって良かったよ」という笑顔にお礼さえ出て来ない。

「……みょうじさん? もしかして痛かった?」

そしてわざわざ膝を屈めて顔色を覗き伺う彼は、どうやら自分の顔やその性格と声がどれほど多大な影響を女子に及ぼすのか知らないみたいだ。

生憎私の思考と身体は、先程のイケボと腰を締め付けられる感覚、温もりに正常さを奪われている。
言葉に出来ない感謝と学園の王子様に体重を知られたに等しいこの場から逃げ出したいその思いで咄嗟にカバンから引きずり出したハニワくんを彼に押し付けて走り去った月夜の晩だった。


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