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#25
平和を、見ていた。
恐らく、この景色がさゆきにとっての日常を最も具現化したものなのだろう。
それは確かに俺の望みを叶えた筈だというのに、心は満たされない。
連れ添う二人の影を伏せた目で捉える度に、俺は何とも言えない心地で身動ぎをしてしまう。

『こっちだよリヴァイ!早く早くっ!』

「朝からでけぇ声出すんじゃねェ」

『だってほら、見て!花が咲いたのっ』



さゆき、あんたは・・・。
あんたは本当は、そんな風に笑う女だったのだな。
同じ声で、同じ笑顔で。
“斎藤様っ!”と、花を摘んできてくれる。
かのような未来は、俺には眩しすぎる。


俺たちといるときには一度も見せなかったものが、あの男と並ぶだけで大量に溢れる。
相性や信頼という言葉の違いではそう簡単に片付けられまい。

そんな笑顔をさせられなかった己の無力さに、俺は敵意や悔しさよりもさゆきへの詫言の念が勝る。
それほどまでに俺は───・・・、あの言葉に痛みを覚えたのか。
だがこれも、いい思い出だな。

『リヴァイがいないと、ダメなのっ、・・・生きてすらいけなくて・・・っ、』






数日前の感情が、絵巻物のように頭に流れていた。
誰もが立ち尽くしたさゆきの言葉も、あのときと数分の狂いも無く俺の耳に内側から響く、不思議な感覚だ。



俺を中心に構成させられた東の隊は、西方に動いている隊とそう変わらないくらいに辺りを警戒している。
隊員は、俺、さゆき、りばい、そして左之。
対処を見つけた場合、即座に斬り込んではならない。
その条を理解できる者が、此処に配属された。

やはり副長は聡明なお方だ。
少し、自己犠牲が過ぎているやもしれぬが、その優しさを無下にすることは俺にはできない。




「『「「────!」」』」

全員が、一度に反応した。
一斉に振り返れば闇夜の中に光る紅い目がじとりと此方を窺っていた。

「・・・こいつか?目標物は」

「・・・ああ。まさかそっちから出てきてくれるとはな」

殺気を放ちながらも、りばいも左之も得物に手をかけることはしない。
それは俺とさゆきとて同じで、ただ目の前の奇怪物と一定の距離を保つために足を動かした。



一時的ではあるが、此方に未だ戦意は無い。
先に踏み出したのは、言うまでもなく羅刹の方である。
標的は左之で、左之も流石に槍を構えたが、鎬を受け止めたのは薄く等間隔に線を刻んだ四角い刀であった。

「人間じゃねぇな」

相手を凪ぎ払うと、刀を持つ両手をぶらぶらと揺らす。

「りばい、」

左之の呟きを拾ったのか、振り向くりばい。
その目は、もはや俺達を疑っていた。

「こいつら、なんなんだ?」

「っ、」

口を結ぶ左之。
だが、それでいい。
俺たちは、この事実を明かすわけにはいかない。

何も言わないその意思を読み取ったりばいは、副長に似ているようにも思えた。
彼もまた何も言わずに、刀を再度構えた。



さゆきとりばいを守ることは許されない。
それは二人が望むことではなく、また同時に二人の幸せを詰んでしまう。
だが、此処にいるのは二刀流の武士だけではない。
左之も俺も、同じ状況下に置かれている。
故に俺も、腰の重りに指をかけて強く握った。
そしてそれは、いつの間にか隣に立っていたさゆきにも言えることである。


彼女の刀はこの数日俺が預かっていた。
こびりついた赤黒い塗料と錆を落とすのにはかなり骨が折れたが、前々から行き届いていた手入れの跡はそこかしこに残っており、打粉を叩く手を休めはしなかった。

屯所を出る半刻前に返しておいたそれは、さゆきの手元で煌めく。
月光に晒された其処には、不純物を含まない純鉄があった。

サユキは返されて初めて刀を見たようで、満足そうに微笑み俺に向き直る。

『剣の手入れ、ありがとうございました。本当に、きれいになりました』

「・・・否、何度も頭を下げるな。俺は、あんたが喜んでくれればそれでいい。」

『はい、嬉しいです』

羅刹と対峙しているとは到底思えない空間で、さゆきがまこと嬉しそうに笑う。

すればまた此処に、俺の胸に、

平和が舞い降りたような錯覚がおきる。




しかし視界の端では、羅刹の足がゆったりと歩み始める。
向かう先は、───りばい。
俺が反応するよりも早く、さゆきが即座に彼の元へ駆けた。

羅刹よりも早く辿り着いたさゆきが、左之を見て、俺を見る。
その手に握られているのはもう刀ではなく、浅葱色の羽織だ。

『っ、お二人とも・・・っ!!!』

ああ、少し俺は勘違いしていた。
あんたが身を呈して守るのはりばいだけだと思っていたが、それは違うようだな。

「馬鹿さゆき!!!」

左之の焦った声が聞こえているのに、それでも彼女は微笑む。

あんたは誰にでも優しい。
否、優しすぎる。
あんたに本当の笑顔すら浮かべさせられない俺へのそのような気遣いは、無用だ。

「前を向け!」

声を出して初めて、喉が乾いていたことを知る。
唾を飲み込めば、少し痛んだ。

─────待て、何故二人して羅刹に背を向ける。
俺の言葉が届かなかったとでも言うのか。

ますます慌てる左之の叫びと、俺の膨らむ疑問が渦巻く中で、さゆきの隣で背筋を伸ばしたりばいがゆっくりと【コウベ】
を垂らした。

『本当に、お世話になりました』

口にしたと同時、さゆきも追うように背を曲げる。
腹の前で重ねられた手首の赤い紐が揺れたのを、急かす気持ちの中で見つめた。

『サイトウ様』

名を呼ばれて弾くように顔を上げた。
新選組にとって最後に話した人物になれるかと思うと、なんとも言えぬものが身体の内側から競り上がる。
後から考えれば、この状況でそんなことを一瞬で感じてしまう己が少し恥ずかしい。
だがやはり、それほど俺にとってこの瞬間は息も止めてしまうほど大切で、そして儚い。

じっと彼女の瞳を見つめると、その眉がだんだんと中央に寄っていくから不安になる。
此処にきて、俺たちの為に涙を流すのか。
何故だろう、それはあまり、いい気がせぬ。

彼女の沈黙の間は、夕日が沈むよりも速く、雲が流れて行くよりも速く、花びらが地に落ちるよりも速いものであろう。
だがこのとき、俺の体感時間はかなり鈍足であった。

『一つだけ、お願いが、あります』

彼女の唇が紡ぐ一音一音が、機織り機のような音を立てて瞳に刻まれていく。
井戸へ投げ込むんだ石が水に浸かるよりも遅く、米が炊き上がるよりも遅く。
彼女の意思はゆったりと告げられた。

『─────宜しく、お願いしますね』

柔らかい笑顔に、俺は首の動かし方も声の出し方さえも忘れてしまう。


知ってて、くれていたのか。
その事実が胸中を駆け巡った。



さゆき、あんたが例え俺の存在を知らなくても何も困ることはないだろう。
ならば俺は、あの言葉もこの想いも忘れはせぬ。
あんたに告げねば良い、それだけの話だ。

あんたはそこでしかと生きろ。
俺にはこの刀がある。















煙が空気に溶けるように。
水が紙に染み込むように。
音が吸い込まれるように。
ぷつりと、ではなく、自然に。
そう極々自然に、消えた。


「あの、本当にいいんですか?」

「いいっつってんだろ。あいつらもこれ着て帰ったんだよ」

「じゃ、じゃあ俺兵長のが着たいです!!」

「ああ?!おいエレン!!てめぇ何出しゃばってんだよ!兵長のは右腕の俺が着るに決まってんだろ!!」

「オルオ、いつお前が兵長の右腕になったんだよ」



「ああもう鬱陶しいなあ。さっさと帰ってよ」

「っあー、こいつら最後まで騒がしいな」

「ふっ、うっ、ぺとらちゃん・・・っ、」

「ち、千鶴?!な、泣くなよーっ!」



呆気ないその終わりには、達成感よりも虚しさが残った。
見つめた先にあったモノは、血痕ではなく浅葱色だった。

斎藤の瞼に焼き付けられた色が、今、目的地にて目の前の四人に慌ただしく着せられる。

「これ持って帰りたいなあー」

ペトラが指で摘まむ羽織からは、未だに花の香りが匂うことを斎藤は知っていた。
道端に残された浅葱色を拾ったときの残り香が、心に染み付いているのだ。

「サユキが着て私も着て、そしたらこれはチヅルのものだからね!」

「っ、は、い・・・っ。で、も、私は隊士じゃありませ・・・、」

「そんなこと関係ないよ!ね、ヒジカタ副長っ!」

「・・・勝手にしろ」

涙で真っ赤に腫らした千鶴の瞳に、光が宿る。
雫を指で掬いながら、嬉しそうに笑った。

サユキの国の人柄には、死にかけるという状況に怯えながらも、それを感じさせない強さがあると斎藤は感じる。
そう、彼らは強い。
恐怖や不安に強い。
そして、他人に優しいのだ。



「ってもよ、確実に死ねるか分かんないが、平気なのか??」

四人の帰還方法は、鴨川に身を投じることだ。
清水寺の所謂舞台も候補地に上がったが、縁起が悪いといい顔をしなかった者がいた。

夜半にぞろぞろと列をなして歩いた行為自体を許してくれた土方に、斎藤は頭が上がらない。

「大丈夫でしょ。この川深いから溺れるのなんて簡単そうだし、頭打ち付ける岩場もあるんじゃない?そのまま戻ってこなかった子もいるからさ」

眩しいほどの笑顔の沖田について、最後の最後に嫌な印象が植え付けられる。

「ソウジ、お前は本当ドSだな」

「そのどえすって言葉さあ、何回も言われるけどそろそろ意味教えてくれてもいんじゃない?」

沖田とエルドは仲が良かったように斎藤には思えた。
何が二人を互いに惹き付けたのかは斎藤の知るところではないが、今のように二人が並んで歩くのを何度も眼にしている。
沖田が川に人を突き落としたことを知っても、恐らくエルドは彼を拒否しないだろう。
加えて説教もしてくれるであろうから、ありがたい。



「じゃあ、そろそろ行こっか」

「兵長たちが俺を待ってるしな」

「オルオ、下手な期待は寄せよ。虚しいだけだ」

「うん。オルオは戻ってこなくて良いよ。ね、エレン」

「こ、ここで俺に振るんすか?!?!」

賑やかな会話を絶やさずに橋の塀に登って、新選組に背を向ける四人。
千鶴の涙腺はますます緩み、とうとう藤堂まで伝染した。

「んじゃ、お世話になりましたー」

「おう。元気でな」

「今度は手合わせしてよね、えるど君」


「お前ら死ぬなよ」

「おるお、それはこっちの台詞だ!!」


「チヅルー、って、ヘイスケも泣いてるじゃん!ほら、笑って笑って!!」

「「っ、うぅ、」」


「あの、本当にありがとうございました」

「えれんが一番まともだな」

土方、沖田、永倉、千鶴、藤堂、原田。
それぞれが言葉を交わす。

そんな中では一言も喋らなかった斎藤が、ふと静かにペトラを呼んだ。
当然集まる視線の中、斎藤はしっかりペトラを見上げて口を開く。

「さゆきに、言伝てを頼みたい。」

「・・・?」

「あいつらは、俺が責任を持って育てると。そう、伝えてくれ。」













ありったけの想いで結ぼう








「え、何?ちょっとはじめくん?あいつらって何。育てるって何」

「さ、さささ斎藤?!お前まさかさゆきに手え出したんじゃ・・・っ!!」

「いや、それだったらリヴァイ兵長に真っ先に葬られてるはずだ」


「ちょっと煩い野郎共!!!」


ペトラの一喝で、しんと再び静まり返る。
ショートカットの凛々しい女性は、誇らしげに張った胸に右手の拳をドンと宛てた。

「サイトウさん、その言葉、私が命に代えてもサユキにお届けします!!」

「・・・感謝する。宜しく頼んだ。」

斎藤の微笑に、ペトラも明るく笑い返す。

そして胸に拳を宛てたまま、川へと向き直った。
他の三人も倣って、拳を胸に宛てる。
瞬いた数秒後には、水面【ミナモ】
に描かれた月が朧気に揺れ、浅葱色が四つ散らばっていた。













「私が寝込んだあの日、花に水をやってくれたのはサイトウ様ですよね。・・・だから、あの子達をサイトウ様に頼みたいんです。立派な花を、咲かせてくださいね」




(あんたの笑顔の理由になった花を、必ず咲かせて見せよう。)
(これはあんたと俺の、たった一つの約束だ。)







【END】


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